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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
41/61

魔法クラス 変態・バカ・天才

「おい変態」


マロンは教室に入ると春風を見つけ大きな声で言った。


マロンは始まりの泉で自分の裸とパンツを見られた事をまだ全て許しておらず、春風の事を変態と呼んだ。


窓際の席に座り机の上に突っ伏しぼんやりと窓の外を眺めていた春風はぼうっとして返事をしなかった。


体調はすっかりよくなったていたが、ソフィエの事を思い出すとぼんやりしてしまうのだった。


返事をしないのでむっとしたが、入学式での騒動を聞いていたマロンは


「ふん。まあいい。お前昨日、弟を助けてくれたそうじゃないか」


と言った。


春風の右斜め後ろの席に座ったマロンは、春風に半分背を向け腕組みをした。


春風はようやく何を言われたかを理解して後ろの席を振り返り


「え?ああ、なんかあんま覚えてないんだけど」


頭を強くぶつけたせいなのか、本当にあまり記憶がなかった。


しっかり覚えていたのは、額が痛かったのが急に治った事と、宝塚のスターようなきれいな女の子、マリアがいた事だけだった。


そういえばあの子もすごい美人だったな、ソフィエとどっちがきれいかな、などと春風はぼーっとしていたところに、マロンが来た。


「お前は昨日の事も覚えてないのか。アホだなお前は。今日からお前をアホと呼ぼう」


うっしっしと笑い、マロンが春風をからかっていると教室に担任のヨランダン先生が入ってきた。


ふくよかな体型な彼女は全体としては球に近い。


おしゃれのセンスを持ち合わせていて、金髪ショートボブの外巻きカールに青いワンピースがよく似合った。


いつも優しくてケーキ作りの名人で生徒たちから人気があった。


その慕われようなまるでお母さんのようだった。


生徒のほとんどが親元から離れて暮らす子どもたちだったので、そのように慕われるのは必然の成り行きかもしれない。


彼女は魔術師としても一流で、精霊魔法全般、特に火の精霊魔法を得意としていた。


「はーいみなさん。座ってくださいね」


クラスの面々が自分の席に着くと、ヨランダンは


「今日は算数をしますよ」


と言った。


たちまちクラスから一斉にブーイングが起きた。


ブリテン王国には、日本で言うところの「学校の勉強」というものがない。


学校教育が義務化されておらず通う必要がなかったので、実際多くの国民は学校に通った経験がない。


学校に行かない代わりに、物心がついた子供たちは将来を見据えた勉強を始める。


鍛治師になりたければ鍛冶屋へ、パン屋になりたければパン屋へ、早くから住み込みで修行するのだった。


読み書き計算を含め必要な事はそこで教えられ、最低限の事ができればそれ以上高度な勉強、すなわち国語の複雑な品詞、他国の歴史、天体の軌道を知るための複雑な計算など、いわゆる五教科を学ぶ必要がなかったので、それらをあくせくと学ぶのは将来学者になりたい者だけがする事だった。


このブリテン王国ではそれでよかった。


国土に恵まれ温暖な気候は住みやすく、周辺の土地には山も海もありさまざまな食料が容易に十分量手に入った。


また、辺境の地には大型の獣やマナを持った魔獣がいたので腕っぷしの強い者は剣を磨きそれらをたおしたり用心棒をしたりした。


あるいは独学で魔術を学んだ者は魔法使いや錬金術師として用心棒をしたりあるいはどこにも属さず風天の生活をしても十分に生活できた。


この国は住みやすい良い国だったがそれは国土に恵まれただけでなく代々の君主に名君が多い事も重要な要因だった。


ブリテン王国を建国した初代メリウス王の頃からこの国の王族貴族は節制を旨としていて、不必要な贅沢を嫌った。


王族貴族が不要に搾取をしないので国民は豊かになり、それは人を惹きつけ、国と街は栄えた。


そういう国だったので国民もおおらかで朗らかな人が多かった。


そんな中、いくつかの例外として、なりたくてもなれない職業があった。


その代表格が、魔術師と騎士だった。


魔術師になるのは素養と資格が必要だった。


魔術師になりたい者はまず最初に、教会、あるいは知り合いの魔術師に自分のマナ適正を判断してもらう。


適正ありと判断されると推薦状をもらう事ができる。


その推薦状はブリテン神官学校など魔術を教える学校の入学試験の受験資格であり、その試験に突破した者だけが学生になる事ができた。


受験に際し年齢制限はない。


そのため学生の年齢はまちまちで、現在のブリテン神官学校の最年少は六歳、最年長は七十一歳だった。


学生たちは全員入学時にすでに基本的な読み書き計算はできる。


ヨランダンが言った算数とは数学のことで、数学は魔法に必要だった。


世界を覆うマナは流動的不均一性を持ち、ただ詠唱すればいいと言うものではなかった。


いつでもどこでも毎回同じ呪文を唱えるのは未熟な魔術者のする事で、熟練者は自分と周囲のマナの状況を確認しその時その場で最適な呪文に変更し詠唱をするのだった。


ミックスジュースを例に挙げてみよう。


キッチン台にはさまざまな食材が置かれている。


そこからベースとして牛乳を取り、そこにバナナ、あるいはさらにりんごなんかを加えて適度にミキサーにかければ、おいしいミックスジュースができあがる。


しかし牛乳をベースにしたとしても、そこへ魚や納豆、わさびなんかを入れて混ぜたとしたらそれはもはやミックスジュースという名前だけが虚しく響く別の何かになる。


特に精霊魔法は繊細な魔法だった。


召喚したい精霊に沿ったマナを正確に世界から取り出す必要がある。


水の精霊を召喚する時、水辺と砂漠では取り出す大変さが異なり、砂漠で唱えるなら水のマナをたくさん取り出すための工夫として呪文の文言を強く深くしたり、詠唱時間を長くしたりなどして詠唱しなければならない。


この精霊魔法の呪文の書き換え方を身につけるために、神官学校の生徒たちは物理、化学、数学を勉強しなければならなかった。


直接神の力を使う神聖魔法なら、信心の度合いで使える力の強さが変わるのでこういう勉強はほとんど必要がない。


そのため精霊魔法は、出来る人間と出来ない人間に大きく分かれた。


ヨランダンが黒板に数式を書いていく。


「はーい。誰かわかる人いますか?」


その数式は日本の中学、高校で習う程度の数式だったが、皆押し黙った。


「先生。ハル君が出来るって言ってまーす」


と、春風の後ろの席に座るマロンが言うと


「あら、じゃあハル君、やってみましょうね」


といってヨランダンは春風を手招きした。


後ろを振り返り、


「ばっ、おまっ!」


と抗議しようとしたが、すました顔で斜め上を見ながら口ぶえをふくマロンを見て春風は観念して立ち上がり黒板へ歩いて行った。


黒板の式は久しぶりに見る学校の数学そのもので、長い間そんなもから遠ざかっていた春風はおじけずいた。


「出来ないと思うけどなあ」


チョークを持った春風がぼそりと言うと


「出来なくてもいいのよ。考えて、挑戦する事が大切なの」


ヨランダンはまんまるの顔で大きな笑顔を作ってふふっと笑った。


その顔が優しくて、春風はまあいいか、と思い黒板に向かい合った。


三十歳だった春風は、今さら数式を解くなどどうせ出来ないだろうなとなかば諦めつつその数式をよく見てみると、数式の( )で抜けた場所を埋めるためのヒントが随所に書かれていた。


一行目のヒントをもとに二行目の( )を埋めると三行目の( )も埋まり、そうして春風は全ての数式を埋めた。


全ては生徒に自信をつけさせようとするヨランダンの配慮のおかげだった。


春風はその事に気が付き彼女を見ると


「まあよくできました!素晴らしいわハル」


と言い、顔を輝かせた彼女は春風をぎゅうっと抱きしめた。


おばさんとは言えみんなの前で大きな胸の中に強く抱きしめられた春風は顔を赤くして席へ戻った。


後ろの席ではあっけに取られたマロンがポカンと口を開け


「おまえ、ほんとは天才だったのか…」


と言った。


精霊魔法の授業、特に数学が大嫌いだったマロンはそれから数日、春風の事を天才と呼んだ。

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