入学式 お忍び
ウォーリスが新しい校長として全校生徒にブリテン神官学校の歴史から入学後の心得まで長々と話しを終えると、続いて登壇したデルタは全校生徒に短く生き方を話した。
要約すればそれは、学校生活では夢中になれるものを探し、そして見つけたらそれをとことん追求したくさん失敗してみよう、という事だった。
喜劇役者のような帽子と付け髭で変装した男が、校舎の影からこっそりとデルタを見ていた。
「あれがデルタ・オサロか」
男は言った。
その背後に、仰々しく着飾った宮廷神官服を纏った老人が駆け寄ってきてが
「陛下!何もこのようなところで...」
と声をかけた。
変装をした男は新国王エリウス三世その人であり、お忍びで入学式に来ていた。
次の世代を担う子供たちの面構えと無明の大賢者デルタ・オサロを直接見るために来たのだった。
デルタは噂通り隙のない傑物に見え、エリウスは満足した。
しかし生徒たち、特に本校の生徒たちのほとんどは噂に聞いていた以上に腑抜けた顔が揃っていてがっかりし、お付きで来ていた世話人の老臣タルイに
「こりゃあこの国もいよいよ危ないな」
と言った。
「何をおっしゃいます。皆いずれ騎士や魔術師として王国の礎となる面々ですぞ」
とタルイは憤慨して言った。
「タル、あそこにいる若い騎士は誰だ?」
言われたタルイは校舎の影から少し顔を出し、エリウスの指先に目を走らせた。
「あれはバルト様でございます」
それを聞いたエリウスは
「そうか!」
と気色ばんで言った。
「あいつ、あのおっさんにしばかれた甲斐があったな」
オホン、と咳をしたタルイは
「しばかれたなどと言ってはいけません。いかにも、アントニオ騎士長殿にご指導を受けたバルト様です」
エリウスはご指導という言葉を聞いて声を出して笑った。
「じゃあその横のべっぴんな女騎士はもしかしてマリアか?」
「はい。左様でございます」
「二人とも立派になった。あのおっさんも喜ぶだろう」
「そのような物言いはよろしくございません。家臣が王子に手をあげた事実は公になってはならないのです」
タルイは背筋を伸ばして言った。
「おっさんがしばいてなきゃ俺がやってたよ。あのわんぱく坊主」
「幼き子供の頃の話しでございます」
エリウスは昔を懐かしみ、校庭の生徒を見渡した。
「あの子は誰?」
「あれは分校の魔術教師ソフィエ・ヒストリア殿です。「白銀」の称号をお持ちです」
「へえ。あの子が。言われてみれば母ちゃんに似てるな」
生徒をずらっと見渡し、エリウスは分校の生徒の一人を指差した。
「あいつは?」
「はて。私が知らないとなると新入生でしょうな」
「調べてくれるか?」
二人の目線の先に、春風がいた。
エリウスは春風の異質なマナを鋭敏に感じ取っていた。
「今度の遠足、楽しみだ」
エリウス三世はタルイを振り返り笑顔で言った。
「遠足ではございません。全校合同魔法訓練でございます」
「俺も行くぞ」
「なりません。即位後の国王が城から出るとなると多くの手間暇がかかります。今の王国にそのような余裕はございません」
「案ずるな。一人で行く」
「ますますなりません。即位後お一人で城外へ出歩くなどもってのほかでございます」
「許してくれないなら勝手に出るだけだ。その方が困るだろ?」
「ともかく、私よりもマルロー様含めご重臣がたにご相談ください」
タルイは付き合いきれぬという風にそっぽを向いた。
一通り見て満足したエリウスがタルイに目配せをすると、二人の首元の宝石に手を当てた。
宝石は一瞬光り、二人の姿が瞬時に消えた。




