入学式 誤算
その剣は国王の孫が持つにはふさわしく学生が持つには贅沢すぎる逸品だった。
醸し出す高級感が鞘や柄の装飾からだけではなく、刃紋からも見てとれた。
アルファンが正中線に構えると長く見えたが、実際その剣はやや小ぶりの片刃中剣で、うっすらと青いマナが立ち昇っていた。
「名刀中期にあり」と言われる中期ロエリア時代の古剣であり魔法剣だった。
メロンはその剣を見てぎょっとした。
剣武の授業でも真剣なんて滅多に見ない。
なのにこんな場所で、しかもこんな事で剣を抜かれるなんて。
それだけでも大事なのに、その剣が魔法剣だなんて。
ここがもし人気のない場所だったら、争いの嫌いなメロンは一目散に逃げ出しただろう。
今自分の周りには大勢の人間がいる。
もし今アルファンが剣を振り、魔法の剣撃が飛んできて自分が躱したら(かわしたら)、背後の生徒が大怪我をする。
メロンは自分の事より周りの事が先に頭に浮かんだ。
かと言ってあんな剣で斬られたら自分が死んでしまうかもしれない。
「来い猫野郎!不敬罪で叩き斬ってやるっ!」
アルファンは左足を少し後ろへ下げ剣を振り上げると上段の構えを取った。
やっぱりだ、とメロンは思った。
ブリテンの王族貴族はたいていロエリア公国の剣の流派を好み、それはたいてい上段構えだった。
実際に見た事はなかったが、魔法剣を持つロエリアの剣士が上段に構えると、剣から鋭い刃の剣撃を飛ばすのは有名な話だった。
メロンは戸惑ったが、もう躊躇してる余裕がなかった。
このままアルファンが剣を振れば誰かが怪我をする。
いや、怪我で済まない可能性の方が高い。
メロンは杖を掲げ詠唱すると、メロンの周りに精霊魔法の青い魔法陣が発生した。
魔法陣は校庭の土からマナを吸収し、杖の先から次々と水の下位精霊シーラが現れた。
シーラたちはメロンの頭上で旋回しながら合体を繰り返し、水の中位精霊シエラになった。
シーラよりずいぶん大型で、人間ほどの大きさの水の精霊はシーラよりはくっきりとした女性の姿をしていた。
耳や下半身の形状は下位精霊シーラ同様に長かったが目は鋭く、下半身はシーラよりはるかに長く尻尾のように伸びたその下半身はメロンの体に巻きつき、上半身はメロンの左肩の上に乗っているようだった。
シーラと同じ水の精霊とは思えない迫力を醸し出すシエラが怒ったような笑っているような凄みのある顔で、アルファンを見下ろした。
メロンの召喚した精霊が思いの外強そうでアルファンは内心怯んだ。
アルファンは水の中位精霊シエラをこんなに間近で見るのは初めてだった。
「ふん、化け物にお似合いの精霊だ!」
と強がって見せた。
恐怖がアルファンの心に警鐘を鳴らした。
やられる前にやるしかない。
「やっ!」
という気合の声とともにアルファンが一歩踏み込んで魔法剣を振り下ろした。
脇を絞った剣筋はこれまでの修練を感じさせるきれいな軌道を描き、剣の刃から飛び出した弧を描く青い炎が正確にマロンめがけて飛んた。
精霊シエラは自身の体をにゅっと前に出すとその青炎の剣撃を体で受け止めた。
シエラの上半身が飛び散ったのを見て
「どうだ!」
とアルファンが叫んだが、シエラは何事もなかったかのようにすぐに再生した。
再び見下ろされたアルファンは気圧されて一歩下がった。
これまでの剣武練習なら確実に一本で終了していた一撃が全く効果を成さず、心に大きな焦りが生じた。
一方のメロンも焦っていた。
こちらの精霊魔法の調子は悪くなかった。
やはり校庭の土の上で魔法を使えば、自分が上達したように感じる。
これが他の場所ならこうはいかない。
しかしそれでもメロンは相当まずい事になったと思った。
メロンの誤算はふたつあった。
アルファンの持つ古剣と彼の剣の腕前だった。
あの古剣は相当いい剣で、校庭のマナを吸い込み続けている。
際限がない。
アルファンはまだ気がついていないが、刃紋に宿る青い光は深さを増していて、次の一撃はさっきより相当大きいのが来るのは間違いなかった。
そしてアルファンのさっきの一撃は、完全に自分を捉えて飛んできた。
それは彼の剣技が正確だという事だった。
もしそんな彼が連撃で攻撃してきたら、二つの強い魔法の炎は両方とも正確に自分に飛んできて二つ目の炎は防ぎきれないだろう。
やはり最初に神聖魔法の飛行魔法を唱えて逃げるべきだった。
今から神聖魔法を詠唱したのでは隙ができるだけで、到底間に合わない。
精霊魔法ばかりでなく神聖魔法ももっと練習しておけばよかったと悔やむメロンの顔に、焦りの色が出た。
額から汗を垂らし不安に駆られたメロンと同じくアルファンも全身にいやな汗をかいていた。
こんな猫獣人が水の中位精霊シエラをこれほど容易く召喚して操るなどとは思っていなかった。
シエラがどんな攻撃を繰り出すのか知らなかったアルファンもまたメロンの攻撃を恐れ攻めあぐねていた。
しかしアルファンの方が先にメロンの顔に恐れの色を見た。
こいつは自分を恐れている。
そうだ。
初代ブリテン王の血が流れる自分が、こんな下民に、こんな獣ごときに怯むなどあってはならない。
恐れているのは奴の方なのだ。
アルファンは勇気を振り絞り、一歩また一歩と間合いを詰め近づいていった。




