入学式 怒りの沸点
「うわ!」
とメロンはびっくりして振り返ると、ぼんやりとした視界に数人の生徒が映った。
目を細めて三人を見た。
その目がおっかなく感じて
「な、なんだお前、睨みやがって」
と、取り巻きの二人がアルファンの後ろに隠れて怒鳴った。
二人がアルファンの背中を押したので距離が近くなり、メロンはようやくそれが本校の生徒だとわかった。
だが自分を蹴ったとおぼしき生徒の顔を見てはっとした。
メロンは以前、分校の成績優秀者の一人として本校で行われた表彰式に行った事があった。
その時会場で暴れる王族の親子を見た。
関わり合いにならないようにとその親子の顔と名前を覚えていたのだが、今まさにその子ども方、アルファン・ブリテンの顔がそこにあった。
これはまずい人物に絡まれたと、マロンが顔を背けて立ち去ろうとすると
「メリウス国王の祭壇と玉座をぶっつぶしたのお前だろ」
と言った。
すぐさま腰巾着の生徒の一人が
「国王はまだマルロー陛下です」
と小声で言うと
「うるさい!黙れ!」
と言って怒鳴ってからマロンに向き直り
「謝れよ」
と凄んだ。
祭壇が崩壊しあろう事か玉座が大破した話を聞いた時アルファンはピンときた。
理由もなく祭壇が崩壊するはずがない。
いたずらばかりするマロンがやったに違いないと、アルファンはなかば確信していた。
「僕じゃないよ」
とマロンが小声で言うと
「お前に決まってる!嘘つくんじゃないこの猫人間め!」
と捲し立ててフードをはぎとった。
あらわになった顔はアルファンの予想に反してマロンではなかった。
マロンは茶色の毛並みだが、メロンは白と黄緑色の虎模様で、顔は同じだが別人なのはアルファンの目にも明らかだった。
「どいつもこいつも似たような顔しやがって」
人違いをしたのを誤魔化そうとアルファンが声を荒げると、どうやら諍いが起こったと二人の周りから人が離れていった。
「嘘じゃないよ。それに..」
それに結果としてあの程度で壊れる祭壇は危険な建物だったのだから玉座の件が許された今、誰に何を謝るのかと反論しようとしたが、アルファンはメロンの言葉を遮って
「俺はカークランドの次男、アルファン・ブリテンだ!」
と言って胸を張ると
「俺に謝れ」
と言った。
アルファンは人違いで蹴っ飛ばした事で動揺していた。
いつもさんざんやられているお返しにここぞとばかりにお尻を蹴っ飛ばしたら人違いだった。
今更人違いなどと言えるわけもなく日頃の鬱憤をこのマロンによく似た顔の猫獣人にぶつける事にしたアルファンは自分の家系を宣言し理不尽な謝罪を要求した。
だんだんと遠巻きに二人を見守る人だかりが出来始めた。
メロンは本校の生徒や都会の人の中には猫獣人を差別する人が多いのも知っていたし、このアルファンが問題児として有名なのも知っていた。
関わるのはよそうと思ったメロンは
「ごめんよ。祭壇と玉座の件は残念だったね」
と言った。
出来るだけ気持ちを込めて言ったのだったがその言いようが大人びていてアルファンの癪に触った。
アルファンは真っ赤な顔をして
「お前!生意気だぞ!人間じゃないくせに!」
と言って、隣の友達が持っていた背丈の半分ほどの細い魔法杖を取り上げると勢いよくメロンに振り下ろした。
何かで殴られそうだとわかったメロンがすっと後ろに下がって躱すと杖は空を切り勢いよく地面に叩きつけられ、杖は柄の部分からぽきりと折れた。
「ああっ!僕の杖が!」
「うるさい!こんな安物、捨ててしまえ!」
と言って、持っていた杖の残り部分を放り投げると周囲で失笑が起きた。
またアルファンが問題を起こしている、しかも、どうやら田舎の猫獣人にいいようにあしらわれている。
日々アルファンに辟易していた本校の生徒たちは、冷ややかな目でアルファンを嘲笑った。
それがアルファンの怒りを一気に加速させた。
マロンだけでなく、どこの誰ともわからない田舎の猫獣人ごときに遅れを取ったなどこれ以上の恥辱はない。
怒りが沸点を越えたアルファンは腰に下げていた剣を抜いた。




