入学式 メロンとアルファン
祭壇の崩壊と玉座の大破の報を伝え聞いた時、ウォーリスは冷や汗をかいた。
祭壇が崩壊したという事は誰かが玉座に座ったという事だ。
しかし、そんな事をする人間などいるはずがなかった。
ならば仕組んだ罠が露見し、罠はわざと作動させられてしまったのだと思った。
もしそうなら罠を見破ったのはデルタに違いないのだが、彼ならば玉座を大破させる愚を犯すわけがなかった。
腑に落ちない事態だったが、新国王の暗殺に失敗してしまったのは間違いなかった。
後はどうやって自分の罠の痕跡を消しデルタの監督責任を問うかだった。
玉座大破の責任を取らせてデルタを死罪に、すくなくとも分校校長退任へ追い込む事ができるはずだった。
が、策を巡らすウォーリスは次の一報を聞いて時仰天した。
玉座の大破の報を聞いた新国王エリウス三世は
「怪我人もなく大義」
と言い、やいのやいの大騒ぎする宮廷神官や重臣たちにあろうことか
「小事」
と言い放ったと言う。
ウォーリスは新国王に恐れを抱いた。
「玉座を軽んじる俗物か、はたして」
ウォーリスは自分が仕掛けた罠が露見せずにひとまず胸を撫で下ろしたが、デルタだけでなくエリウス三世も早急に消す必要がありそうだと眉間に皺を寄せた。
ともあれ王国の発表に従い入学式は新国王の来賓なしで取り行われる事になった。
四十五名の分校関係者全員と、三百人を超える本校の生徒や教師たちが、分校の校庭に集まってきていた。
猫獣人を初めて見た本校の猫好きな女子生徒の集団にもみくちゃにされ、いつの間にかメガネを取られてしまったメロンは勝手知ったる分校の校庭で迷子になっていた。
本校生徒の集合場所へ来てしまったメロンは分校の生徒が並ぶ場所へ戻ろうと、数メートル先もぼやける視界で人混みの中を歩いていた。
「おい、あれ、猫獣人じゃないか?」
本校の生徒の一人が前方を指差しながら、両脇の二人に言った。
二人がその指の先を見ると、フードをかぶった小柄な分校の生徒がキョロキョロと辺りを見渡していた。
フードからのぞく白い顔は明らかに猫獣人の顔だった。
「ホントですね」
両脇の二人は頷きながら答えた。
「まったく。田舎だとは聞いてたが、こんなど田舎だし、おまけにあんなのまでいるなんてな」
本校生徒の三人組の真ん中にいた青い髪の少年は、周囲に聞こえるようにわざと大きな声で言った。
制服のない分校の生徒はそれぞれがお手製のローブを纏っているのに対し、本校の生徒は焦茶色の制服を着ていて、制服には二種類あった。
魔術師クラスはローブ型、騎士クラスはブレザー型の制服に分かれていて、制服の左肩にはブリテン神官学校の紋章である二つの三日月を合わせて型どった目と大鷲の羽をデフォルメした意匠の刺繍が施されていた。
本校の三人組の生徒は、真ん中の生徒だけ騎士クラスのブレザーを着ていて、両脇の二人はローブを着ていた。
本校の生徒は皆貴族の子弟であり自分は貴人であるという、分校の生徒にはない自尊心があった。
本校のブレザーを着るアルファン・ブリテンはその名の通り、本校生徒の中でも最も身分の高い生徒だった。
退位するブリテン王国マルローには三人の息子がいた。
三男である第三皇太子カークランド公爵の次男がアルファンだった。
国王の孫にあたる彼は少々性格に問題があった。
それは生来のものであると同時に、高い身分によって後天的に形成されたものでもあった。
父カークランドと息子アルファンはどちらもしょっちゅう問題を起こす、王族ブリテン家にとって頭を悩ます存在だった。
そんな父子はどちらも魔法の素養はからっきしだったが、剣の才能にだけは長けていた。
父はデラン帝国との戦いで活躍したブリテン十勇士の一人だったし、息子アルファンもブリテン神官学校剣武大会で常に上位に入る腕前だった。
自分は選ばれた存在なのだからちやほやされなければならないし、自分の気に食わない事は自身の剣で排除しても良いと教えられて育ったアルファンは、心底自分でもそう信じて生きていた。
アルファンは分校が大嫌いだった。
田舎臭い何もかもが嫌いだったが、その中でも自分より剣の立つ人間がここに三人もいる事が許せなかった。
そのうち二人は隣国の貴族の子弟なのにわざわざ分校に通う変わり者だった。
この二人の剣はアルファンより遥か高みにあり見事な腕前という他なかったし、貴族ならば将来自分の部下になる者たちなので腹の虫を治める事も出来た。
しかし残りの一人は卑しい平民であるだけでなく、あろう事か女で、さらには人間ですらなかった。
決定的に腹立たしかったのは、その人物、マロン・イーロイが剣すら使わない事だった。
指の先から出した爪を剣の代わりに使い、目で追えないほど早く読めない動きで攻められ、何度立ち会ってもアルファンは今まで一勝はおろか一本すら取った事がなかった。
猫獣人はその昔西の大陸の獣人国から戦争難民としてやってきて、当時のブリテン王の情けにすがり、この国に住まわせてやっているというのにいつの間にか国民として大きな顔をするようになった。
アルファンにとってマロンはいつしか同級生ではなくただの目障りな存在でしかなく、猫獣人は嫌悪の対象になった。
「おい!」
と言うが早いか足が速いか、アルファンは右足のインサイドキックでメロンのお尻を蹴り上げた。




