戦士の愛の言葉
赤い髪の女主人エリは店が終わったら話を聞くからゆっくりしていくようにと言った。
長居する予定ではなかった二人だったが、閉店まで待つしかなかった。
二人が席につくと店内はいつもの喧騒に包まれた。
テーブルを挟んで会話するにも大きな声でないと届かないほど男たちの声がうるさかった。
そのうち出てきたスープと唐揚げは絶品かつ大盛りで、料理三皿で二人はお腹いっぱいになった。
春風が未成年だと思っている、実際こちらでは未成年ほどに若くなっていたが、ソフィエは春風の代わりにビールを二杯とも飲んだ。
今まで神事で口をつけた以外酒を飲んだ事がないと言ったが、全く苦にせずに飲み干したソフィエは驚いた顔でおいしいと言った。
バルデラやブリテン、魔法の話を教えてもらいながら美味しい料理を堪能しラストオーダーが終わった頃、中からエリが出てきて春風たちのテーブルに腰掛けた。
「うまかったかい?」
「はい、とってもおいしかったです」
春風もソフィエも笑顔で答えた。
給仕がお茶を持ってきて、他のテーブルの皿も手際よく片付けていった。
戦士たちもほとんど残っていて、酒を飲みながら春風たちのテーブルに注目していた。
「それで」
エリは自分の腕ほどもありそうな長いキセルにマッチで火をつけ、吸い込んだ煙を吐きながら
「ゲイルがどうしたって?」
と春風をまっすぐに見て聞いた。
静かな目だった。
店内が静まり返った。
全員が春風たちのテーブルを見た。
「あの、これ...」
そういうと、春風はポケットからロケットペンダントを取り出した。
本体も鎖も本物の銀製のそれは、チャートを開けると中に一枚の小さな絵が入っていて、絵には満面の笑みを浮かべる女が描かれていた。
赤く長い髪、大きな目と眉、高い鼻、大きな口、シャープな輪郭。
幸せそうに微笑むエリが描かれていた。
「ゲイルさんが、この酒場に、その、俺の女がいるから、これを渡してくれって...」
「詳しく、聞かせてくれるかい?」
エリは煙を吐き出してテーブルに置かれたペンダントを見ながらそう言うと、さみしそうに微笑んだ。
春風はデカント・イーグルの巣で起きた出来事を覚えている限り詳細に話した。
巣に運ばれどうしていいかわからないところにゲイルがいて、すでに大怪我をしていた彼とともに雛と戦い、彼が雛を倒してくれたおかげで自分は助かり、最後にペンダントを預けた彼は自分の腕の中で死んだ。
預かったペンダントを渡すため、そしてゲイルの最後を伝えるために自分は今ここにいるのだと言った。
全て正直に話した春風だったが、最後にひとつだけ、エリの質問に対して嘘をついた。
「あの人、最後に何か言ってたかい?」
エリは優しい声で春風に聞いた。
周りの男たちも黙って聞いていた。
「あの、ゲイルさんは、エリ、愛してる、って、お前はいい女だからって、言ってました」
春風はうつむき、膝に置いた両手で自分の腿を強く握りながらそう言った。
エリの悲しそうな顔を見ると、ゲイルが最後に「俺の事は忘れてさっと次の男を探せ」と言っていたとは言えなかった。
今でも目を瞑ると、ゲイルの最後の顔が浮かんできた。
春風にとってゲイルと会ったのはたった一度、それも一時間ほどしか一緒にいなかったが、彼は自分の腕の中で死んだ、初めてで唯一の人間だった。
大神とダブるゲイルの笑顔を思い出した春風の頬を涙が伝い、膝を掴む手の甲に落ちた。
店内の静寂を破るように、誰かが、ぷっ、と吹き出した。
すると堰を切ったように店中を荒くれ者たちが大笑いを始め、店内は爆笑の渦に包まれた。
「な、なんで笑うんだ!何がおかしいんだよ!」
春風は立ち上がり、大笑いする男たちに怒鳴った。
「はーはっはっは!だってお前、あい、あいし、あーはっはっは、しぬ...」
筋骨隆々の荒くれ者たちが、店の中を大笑いしながら転げ回った。
笑いすぎて息ができず青くなって本当に死にそうになっている者もいた。
春風は訳がわからず、椅子にへたり込み、前に座るエリを見た。
エリは声こそ出していなかったが、静かな笑顔を浮かべていた。
その優しい顔には、さっきまであった悲しさがないように見えた。
「バカね。あの人がそんな事言うわけないじゃない。拠りにもよって、愛しているなんて」
そう言うとエリも、少しだけ声を出して笑った。
春風とソフィエはキョトンとした。
「わーはっはっは!こりゃ傑作だ!みんな!あいつは貴族だったに違いない!」
爆笑が起こり、
「ひーひっひっひ!愉快!みんな!乾杯しよう!愛に生きた男、ゲイル・トゥウォーノに!」
「愛の男に!」
「愛された女に!」
「公爵閣下に!」
男たちはさまざまな掛け声を叫び、その度に酒を飲んだ。
「お前らも飲め!」
と言って並々の酒が注がれたジョッキが、春風たちのテーブルにどんと置かれた。
二人は断れなかった。
両手でも持ち上げられないほど大きなジョッキを、二人は一生懸命に飲んだ。
「よっ!イーグル・ハンターハルカゼ!」
「愛の伝道師ハル!」
「姉ちゃんいい飲みっぷりだ!」
天井から吊るされた十八もあった酒樽が空になって、大きな男たちがだらしなく店に寝っ転がり、店内に豪快ないびきの合唱が響いた。
酔い潰れて寝ていた春風はその地獄の旋律に目を覚ました。
そしてそこにソフィエとエリがいない事に気がついた。




