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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
30/61

学校案内

校長室からぞろぞろと出ていく教師たちを寄宿舎の廊下から偶然見かけたマロンは、はじまりの泉での逃亡がバレたのかと思った。


だが不思議な事に校長はじめ多数の教師たちは校舎を降りて医務室へ入っていった。


探りを入れるために様子を見に来たマロンと、マロンが心配でついて来たメロンが医務室の扉の前にいた。


「押すなよばかっ!」


頭に生えた大きな耳を扉にぴたりとくっつけたマロンが、自分にくっついてきた双子の弟のメロンに声を殺して怒鳴った。


「だめだよ!盗み聞きなんて!」


メロンもマロンに釣られて小声で言い返した。


「しっ!」


人差し指を自分の口に当ててそう言うと、マロンは扉の向こうの音に集中した。


ずいぶん耳のいいマロンだったが扉は思いのほか厚く、医務室内の音はほとんど聞こえなかった。


中ではマロンの気配を察したデルタが


「今外にマロンとメロンがいます。ちょうどいい機会なので、彼らにも紹介しましょう」


デルタはソフィエに眉で"目配せ"をしたところだった。


ソフィエがそっと扉へ近づいて引き戸を開けると外の二人は泡を食って飛び退いたが、ソフィエが扉から顔を出す方が早かった。


「こんにちは」


ソフィエがいたずらっぽく微笑んで聞いた。


「あ、ソフィエ先生。こんにちは。あのー、入学式の準備で何かお手伝いできる事がないかなと思って」


盗み聞きが見つかって怒られるかと思い逃げる体制で背を向けたまま固まったマロンをよそに、その場を誤魔化そうとしてメロンが言った。


「ありがとう。ヨランダン先生のお菓子もあるし、二人とも中へ入って」


「え?お菓子?」


メロンが急に走ってきて校長室の中に入ると、メロンも「失礼します」と言って中に入った。


「こんにちは!お菓子どこ?あ!」


マロンは医務室のテーブルの上のお菓子を見つけると


「食べていい?」


と大きな声で聞いた。


「もちろんよ。どうぞ召し上がって」


笑顔でそう言ったヨランダンの膝に飛び乗ったメロンはテーブルのお菓子をパクパクと食べ始めた。


「うまい!」


ご満悦のマロンをよそに、部屋の中のなんだかよくわからない空気を察したメロンは辺りを見渡すと、椅子に座る見慣れぬ少年を見つけた。


「あ、こんにちは」


メロンが春風にぺこりと頭を下げて挨拶をした。


「あ、こんにちは」


猫人間だ、と春風は思った。


夜だった前回と違い昼間に見るのは初めてだったので驚いたが、猫好きの春風はじっと見た。


お菓子を食べている方の猫人間は泉で見た子に似ていたが、今ここにいる二人が毛色しか違わないように見えたので、猫人間は皆同じ顔なのだろうと思った。


「ん?」


お菓子を頬張るマロンが春風を見た。


なんだか見覚えのある顔だった。


じっと見つめたマロンは


「あ!変態!」


と春風を指差して叫んだ。


「どうしたの?マロン?」


ソフィエが聞いた。


「こいつはボクのパンツ盗もうとした変態だ!お前、なんでこんなとこに!」


「え?もしかしてあの泉にいた?」


「そうだ!」


マロンは怒ってそう言ってから、もしはじまりの泉に侵入した事がバレたら退学だとメロンは言っていた事を思い出して言ってはいけないと気がついた。


「誰だお前。ボク知らないぞ」


とマロンは急にとぼけた。


春風以外の全員がマロンの泉への侵入をしっていたので、急なすっとぼけに必死で笑いを堪えた。


「あの、ごめんね。覗くつもりじゃなかったんだけど」


春風が謝ったがマロンは


「ボク知らない」


の一点ばりだった。


ソフィエが春風に


「後で説明します」


と耳打ちした。


「マロン、メロン、彼は新しくこの学校の生徒になった天野春風君です」


マロンは知らん顔でお菓子を食べている。


「こんにちは。僕メロンです。五回生です。あっちのが姉のマロンで四回生です。君は何回生?」


春風の代わりにデルタが


「四回生です」


と言った。


「マロンといっしょだね」


とメロンが言うと、おおきなクッキーを頬張るマロンが春風を冷ややかに見た。


しばらく続いた雑談が終わり、


「学校を案内します。マロンとメロンも来てくれる?」


とソフィエが言った。


笑顔で答えるメロンと、お菓子をたらくふ食べた手前しょうがないと言う風のマロンを連れて、春風たちはブリテン神官学校をぐるりと回る事になった。


校舎三階の端にある校長室を出て二階の教室、会議室、一階の医務室、事務室までを見て周り、春風は自分が知る学校とさほど違いがないなと思った。


大きく違うのは、校庭と剣武館だった。


「校庭広いなあ」


改めてその広さに驚いた春風が言った。


「そうですね。飛行訓練もあるのでこのくらいは必要なんです」


「ここの土はウルガ山の土なんだよ」


メロンが得意げに言った。


校庭の土はマナが豊富なウルガ山から運んできた土を敷き詰めてあった。


この土は校庭で魔法実習をする生徒たちのマナ不足を補ってくれた。


「あの大きなやぐらみたい」


寄宿舎のすぐ横に建てられた大きな建物は、日本の古い時代のやぐらに似ていた。


「あれは祭壇です。異例な事ですが、今年は新しい国王が入学式に来られるのでそのために急に建設されたんです」


三階建の校舎よりさらに一階分は高い木製のやぐらも立派だったが、校舎と反対側の中庭にある体育館のような建物はもっと重厚だった。


体育館にしては立派な作りで、十六面の壁に囲まれた建物は寺院のようにも見えた。


「あれは剣武館です。剣の稽古をする場所です」


「マロンは剣武順位三位の凄腕なんだよ」


またメロンが得意げに言った。


「しかも剣使わないのにね」


ソフィエも褒めると、マロンが、ふふん、と得意げな顔をした。


はじまりの泉でのマロンを思い出しマロンが強いのだという事に納得し、そしてここで自分はやっていけるだろうかと不安になって春風はポケットに手を入れて、春風はペンダントの存在を思い出した。


ソフィエは春風が一瞬立ち止まった事に気がついたが何も言わなかった。


その後四人は春風の部屋へ行った。


部屋は寄宿舎の二階、マロンとメロンの部屋の隣だった。


猫獣人の二人はそこで自分達の部屋に帰り、ソフィエも三階の自分の部屋に戻ろうとした。


が春風に声をかけた。


「どうかしましたか?」


春風は部屋の玄関口で鳥の巣での話をした。


「確か、メールダント酒場、って言ってた気がするんだけど、行ってもいいかな?」


「そうですね。私も詳しい場所は知りませんが一緒に行きましょう」


と言った。


その夜、二人はメールダント酒場へ向かった。


自分の部屋の中で爪を研ぎながらゴロゴロするマロンをよそに、メロンは部屋の玄関口にいた。


本当に入学式の準備で手伝える事がないかソフィエに確認しようとして扉を開けようとした時、ソフィエと春風の会話が耳に入った。


鳥の巣で戦った?


デカント・イーグルの鳥の巣はウルガ山のずいぶん上にしかない。


なぜそんなところに?


マロンが扉を開けて外に出た時にはもう春風は自分の部屋に戻りソフィエも立ち去った後だった。


「彼はいったい何者なんだろう?」


マロンは春風に何か秘密があるような気がした。

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