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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
3/61

老兵と雛と少年

「飼いたいの?」


「うん」


「ハルもお世話する?」


「うん!」


「わかった。俺も猫好きなんだ」


「ほんと?」


「ああ。名前、どうしよっか?」


「あのね、シロ、ってどうかな?」


「That’s really cool!」


〜猫を拾った日、行き場をなくし、うつむき加減で大神家にやってきた春風と大神の会話〜

その不吉な音は次々と繰り返され、青緑のまだらの不気味な殻が徐々に破れていった。


「アマーノ。奢ってやれなくて残念だ。ブリテンの酒はうまいぞ。メールダント酒場がオススメだ」


ゲイルにそう言われても春風はどうしたらいいのかわからずその場で立ちすくんだ。


「行けアマーノ。俺があいつを殺す。だが親鳥が戻って来たらどうしようもない。走ってあそこから飛べ」


と言うとゲイルは長剣を杖代わりにして、壁に左半身を預け右足を引きずって歩き、少しずつ卵に近づいて行った。


「ゲイルさん...」


春風は動けなかった。


足手まといになる可能性はあるが、自分も戦うべきではないのか。


無論今までに戦った事なんてない。


が、ゲイルと名乗った老兵は生きているのがおかしいほどの大怪我をしている。


あんな巨大な化け物と戦わねばならないなら、たとえ自分が素人だとしても、一人よりはいいはずだ。


一人勇敢に卵に向かう死相の老兵の穴の開いた背中を見て、春風は加勢する事を決めた。


剣や槍があるはずだと、春風は足元を探した。


その時、デカント・イーグルの雛が殻の上半分を突き破って顔を出し、


「ギョォゥ?」


と愛嬌のある小さな声で鳴いた。


粘着力のある液体を垂らした薄い透明の膜が頭から顔全体に貼り付ついている。


そのせいで目をうまく開けられないひなは不器用に二、三度大きく瞬きしながら身震いした。


そうして薄膜を振り払う事に成功すると、かっと目を見開いた。


丸く大きな黄色の白目の中央の黒い瞳が不気味に光った。


それでもまだ目の焦点がうまく合わないらしく、顔の三分の一はある鋭いくちばしの根元にある鼻をひくつかせ、周囲の匂いを嗅いだ。


鼻で腐敗した人間たちの臭気を感じ取った雛は大きな頭を足元まで下げ、転がっている死体の匂いを嗅いだ。


内臓の散乱した千切れた胴体の一部をくちばしで器用についばむと、餌を拾い上げた雛は上を向きそれをごくりと一飲ひとのみにした。


「ギェギェ」


と喉を鳴らして鳴き、人間の顔ほどもあるまん丸の目で辺りをぎょろりと見た。


自分に迫ってくる餌に目の焦点があった。


ゲイルはその自慢の長剣を振れば雛に届く一歩手前のところまで来ていた。


が、幼い怪鳥の首の射程の方が僅かに長かった。


雛は肩をすくめ大きな頭を後ろへ下げると、硬く鋭いくちばしをゲイルに向けて一気に突き出した。


誰に教わるでもなく自然に放った凶暴な一撃だった。


春風はゲイルが死んだと思った。


それほどに速く、そして狂気をまとった攻撃だった。


だが、重いくちばしの一撃を、壁に寄りかかっていたゲイルの剣が受け止めた。


ウルガ山脈の南の崖に、金属音がこだました。


「舐めるなよひよこ。俺は戦士。戦士ゲイル・トゥウォーノだ!」


ゲイルは雛に怒鳴ると剣で受けたくちばしを弾き飛ばして、のこのこと自分の剣の間合い入ってきた自分の三倍はある巨大で未熟な小鳥の胸に長剣を振り下ろした。


「ギュゥゥゥ!」


ゲイルの剣先が雛の胸肉をかすって薄く切り裂き、もがいた雛が翼をばたつかせると胸から魔獣の青い血が飛び散った。


苦しむ幼鳥ようちょうが翼をばたつかせ空に向かって吠えたと同時に、ゲイルも自分の肩越しに春風を振り返って叫んだ。


「行けアマーノ!走れ!」


鳥の迫力に足がすくみ、ただ呆然とゲイルの奮戦を見ていた春風はその大声に驚き我に返った。


戦うと決めたはずなの春風は恐怖に飲まれ、一歩、木壁へ足を出した。


身震いして完全に殻を振り落とした雛は傷付けられた痛みと恐怖、そして食われる餌の生意気な反抗に対する怒りで両目、嘴、両翼を大きく広げ威嚇いかくするかのように首を伸ばしてゲイルに咆哮した。


「ギョオオウゥ!」


雛が再度顔をつき出したこの瞬間を待ってましたとばかりに、ゲイルは振り上げておいた剣を左上段から斜めに振り下ろして二の太刀を浴びせた。


鳥は瞬時に首を引きゲイルの剣を嘴で弾いた。


剣とぶつかる衝突音からしても、嘴の硬度はゲイルの鉄製の剣になんら劣っていないのは間違いない。


またしても餌に反抗的態度を喰らい、雛の怒りは沸点に達した。


怒りに我を忘れた雛はその足で歩きゲイルの間合いに踏み入った。


完全に鳥の懐に入ったゲイルは重い長剣を持つ左手の脇を器用にたたみ、今度は右下から左斜め上へ三の太刀を振るった。


切れ味鋭いゲイルの長剣の剣先が雛の腹付近を先ほどより深く斬り裂いた。


鳥は悲鳴を上げながら大きく何度も翼を羽ばたかせて後方上空へにほんの少し飛び、左趾さしの爪を立てゲイルの右肩を掴んだ。


これが剣を持つ左肩だったならゲイルの剣を封じ、雛に勝機があったかも知れない。


「なんの!」


そういうとゲイルは長剣の切っ先を鳥に向けたまま左足を深く曲げてしゃがみ、半身を左にひねって剣の持ち手を腰の左脇まで下げてから、一気に剣を突き上げた。


ゲイルの長剣が雛の胸にめり込んでいく。


雛は苦しみもだえて吠えた。


「ギイイイィィ!」


雛の急所を捉えたゲイルの渾身の一手だった。


だがゲイルには、その剣をさらに鳥の体奥深くまで差し込むほどの力は残っていなかった。


剣は鳥に致命傷を与える一歩手前で止まった。


鳥の厚い胸板の真ん中を貫くには、利き手ですらない片手片足のその一撃は浅かった。


大きな爪でゲイルの右肩を掴んで離さないまま雛は再び羽ばたくと、ゲイルを掴んだまま数メートル宙に浮き、降下する力を利用しゲイルの体を巣の壁に叩きつけた。


「ぐはっ!」


ゲイルの口から鮮血がほとばしった。


大きな音を立てて翼を羽ばたかせ空中にホバリングしたまま、雛は必殺の嘴でとどめの一撃を加えるべく頭を振りかぶった。


「アマーノ!行け!メールダント酒場だ!忘れるな!」


ゲイルは刹那春風を振り返り、最後の力を振り絞って怒鳴った。


そして、にやりと笑った。


人を守るために戦士として生きた男の矜持に溢れた最後の笑顔だった。


ずいぶん久しぶりに人の笑顔を見た気がして、春風の脳裏に大神の笑顔がよぎった。

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