神獣のローブ
玉座の設置が無事に完了した後、デルタが茶を入れるというのでウォーリスとドイルは校長室へ赴いた。
自家焙煎の茶だと言うのでどうせ田舎の味に違いなくひと口つけて貶してやろうと思いながら口をつけたドイルだったがその茶が思いのほかうまく、これまでに味わった事がないものだったのでぐうの音も出なくなり黙って飲んだ。
入学式当日の国王の警備について説明するデルタの話しが終わり、そろそろ帰るとウォーリスが口にして三人がソファから立ち上がった時、扉をノックする音があった。
「はい、どうぞ」
デルタが言うと扉が開きソフィエが顔を出した。
「失礼します。ソフィエです。来客中のご様子なのでまた...」
「いえ、ちょうどよかったです。紹介しますので中へどうぞ」
ソフィエは会釈をし中へ入り、大柄な二人を見た。
二メートル近くある男たちがソフィエに目をやった。
「ソフィエ先生。こちらはブリテン聖教会のウォーリス枢機卿です。本校側の校長に就任されます」
「はじめまして。分校の魔術教師ソフィエ・ヒストリアと申します」
ソフィエがおじぎをすると
「久しぶりだねソフィエ。元気そうでなによりだよ」
とウォーリスが言った。
ソフィエは顔を上げウォーリスの顔を見たが、見覚えがなかった。
困惑するソフィエに笑いながら
「覚えていないのはしょうがない。あの頃まだ君は小さかったからね」
とウォーリスは言った。
それでソフィエは思い出した。
母や姉に連れられて通っていた町外れのとても小さなブリテン聖教会の神父だった。
背が高い人だとは思っていたが、こんなに大きかっただろうか。
そして何より、こんなに影のある顔つきだっただろうか。
ソフィエの記憶にあるウォーリスはもっと細くて人の良さそうな顔の優しい神父だった。
「ウォーリス神父様?」
「思い出してくれてうれしいよ。そう。東町の教会の神父だったウォーリスだよ」
そういうとウォーリスは手を伸ばし、ソフィエと握手をした。
「まさか枢機卿になられていたなんて。全然知りませんでした」
「そうだね。あれからいろいろあって急に引っ張り出されてね。それより、君は魔術師になったんだね。おめでとう」
ウォーリスはそう言って手を離した。
「ありがとうございます。神のご加護と皆様の愛に導かれました」
「ええ。そしてあなたのがんばりの賜物です。「白銀」の称号をきっとアリーもティナも喜んでいますよ」
ソフィエの母アリーと歳の離れた姉ティナは聖女と呼ばれる女性の高位神官魔術師であった。
その当時、傑出した業績を上げた魔術師に送られる称号のひとつ「白銀」はソフィエの母アリー・ヒストリアの手にあった。
二人の聖女は幼少期のソフィエを残していなくなった。
ロエリア公国に攻め入ったデラン軍の加勢のためにブリテン王国が編成した神聖軍の一員として従軍し、いまだ行方不明であり戦死したものとみなされてれいた。
称号はいくつかあるが重複しないし世襲もしない。
空位となっていた白銀の称号は、成長したソフィエ自身の力量によって再びヒストリアの元へ舞い戻った。
母と姉を思い出し悲しそうに微笑むソフィエの頬に右手で触れたウォーリスは
「思い出させてすまない。でも悲しむ事はないよ。全ては神の御心のままに」
と言った。
はい、とソフィエがはかなげに微笑みを見せると、デルタが手のひらをドイルに向け
「ソフィエ先生。こちらはドイル大司教です。同じく副校長に就任されます」
とドイルを紹介した。
「はじめまして。どうぞお見知り置きを」
とソフィエがドイルに頭を下げた。
ドイルがソフィエに向き直って
「初めまして。ブリテン聖教会大司教のドイル・デントマイフです。「白銀」がよく似合う美しさですな」
と低い声で言うとソフィエを目で物色し下品に笑った。
「デルタ先生。ソフィエ先生にもお会いできた事ですし、我々はこれで」
ウォーリスはそう言うとデルタにおじぎをし、二人は扉へ向かって歩いた。
「なんだか急かしてしまったみたいで、申し訳ございません」
ソフィエが二人に頭を下げた。
ドイルは気にするなとでも言いたげに、ソフィエの肩に手を置いた。
「ドイルさん、手を離しなさい!」
デルタが言うのとほぼ同時に、ドイルが邪な気持ちでソフィエの肩を揉んでにやりと笑った。
その瞬間ドイルの体に電撃と衝撃波が加わり、間抜けな悲鳴を上げて吹き飛ばされたドイルは校長室の壁に激しく打ち付けられた。
呆気に取られ壁にへたり込むドイルの頭に、壁にかけてあった額縁が落ちた。
「だから言ったのに」
とデルタは右手でつるつるの頭を撫でた。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?」
ソフィエはドイルに駆け寄って声をかけ手を差し出した。
その手に怯え反射的に振り払ったドイルが
「何をするかっ!無礼者っ!」
と怒鳴った。
「神獣のローブ、ですな?」
ウォーリスがデルタに聞いた。
「ええ。ローブが彼女に害をなすマナを感知するとこうなります」
「な、私は害をなそうなどと…!」
湯気が出るほどの電撃を受け、衝撃波で吹き飛ばされ壁に打ちつけられたにも関わらずさほどの傷も負っていないドイルは立ち上がりながら言った。
「意識下になくとも、心の底にあるのでしょう。ソフィエの美しさに心が乱されたのです。これもまた神の導き。感謝する事です」
ウォーリスにそう言われ憮然としたドイルにソフィエはまた頭を下げて謝罪した。
「それにしても初めて見ましたが、これ程とは。神獣マーヴォーン未だここにあり、ですな」
そう言いながら笑ったウォーリスはソフィエの肩に手を置き、ソフィエの肩を揉んだ。
「気に病む事はないですよ。お互い教師として頑張りましょう」
と言って本校の教師二人は校長室の出口へ歩いた。
扉付近で振り向いたドイルが、
「そうそう。それより今年の剣武大会は久しぶりの御前試合になる。優勝旗は返していただくからそのつもりで。なにしろ今年は…」
と言ったところでウォーリスに制止され、ドイルは鼻を鳴らして部屋を出た。
二人は校舎の外に出てから移動魔法を唱えて本校へ戻った。




