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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
18/61

天使の矢

瑠月ルナのように遠い君の心を


リリスの矢で射抜いてみせよう


〜宮廷劇「月姫」の中でのセリフに引用される宮廷詩人マルドーの詩「恋」の一文〜 ※3

小鳥のさえずりが聞こえる。


少さく開けられたガラス窓から差し込む光とそよ風に揺れた白のレースカーテンが春風の顔をくすぐった。


清潔でふんわりしたベッドの上で、春風は目を覚ました。


一本の映画のような長い夢を見ていた気がした。


内容を思い出せずにぼんやりと微睡まどろむ春風は、そこが自分の部屋だと錯覚した。


窓はベッドの右側にあったし、小鳥の声や差し込む光で目を覚ますのはいつもの事だったからだ。


しかし、何かが少しずつ違った。


鳥の鳴き方、光りの種類と風の匂い、頬に当たるカーテンの肌触り、ベッドの心地よさなど、いくつもの小さな違いがいつもより気持ち良く感じられ、ここが自分の部屋ではないとあんに告げていた。


枕に頭を預けたまま右を向き、寝ぼけまなこで窓の外を見た。


雲一つない快晴の早朝だった。


登ったばかりの朝日が照らす外は眩しくて直視できなかった。


ベッドの左側に気配を感じ、ふと顔を左に向けた。


まだ完全には開いていない春風の目に白い何かが映った。


ゆっくりと見上げると、つやのある白いローブを着たソフィエの寝顔があった。


ソフィエは螺旋状の大きな白い杖を抱きしめながらベッド脇の椅子に座り眠っていた。


足先まで全身を覆うローブを着ているので露出していたのは首から上だけだったが、化粧を全くしていない肌は白くきめ細やかに透き通り、金髪の長い髪がわずかに風にそよいでいた。


閉じた両目から伸びる長いまつ毛や、上品な鼻筋としとやかな唇は眠っていてもなお疑いようのない美しさを発していた。


強い朝日が差し込み、ソフィエを照らした。


天使だ、と春風は思った。


心がときめき、はっきりと目が覚めた春風はしばしの間、目の前の天使に見惚みとれた。


小鳥が一匹窓から入ってきて掛け布団の上、春風のお腹付近、にちょこんと座った。


春風は鳥に目を移した。


鳥の腹はオレンジ色の羽毛で覆われていて、尉鶲ジョウビタキによく似ていた。


かわいい顔でちょんちょんと布団の上を歩き回ると


「ピピッ、ピピッ」


と鳴いた。


無邪気な鳴き声は思いのほか大きく部屋に響き


「ん」


と声をらしてソフィエが目を覚ました。


春風は再びソフィエの顔を見た。


ゆっくりと目を開けたソフィエと春風の目が合い、赤い顔をした春風と寝ぼけたソフィエはそのまま少しの間見つめ合った。


「おはよう」


とソフィエが優しく微笑んだ。


その表情と仕草と声が天使の矢となって放たれ春風の心臓をつらぬき、脈打つ心音は聞こえそうな程に躍動やくどうした。


目をこするソフィエに


「お、おはよう」


と春風は返事をした。


手で口を抑えて小さくあくびをしたソフィエは


「体調、どうですか?」


と聞いた。


なんだかすごく元気な気がした春風は


「元気です、すごく」


と真っ赤な顔をして答えた。


朝日のおかげで春風の顔は影になり、ソフィエから見れば逆光だったので顔の赤さは気づかれなかった。


「よかった」


と微笑んだソフィエは、


「先生を呼んでくるから待っててね」


とまるで年下の子供に話すように言って、抱えていた大きな杖を壁に立てかけてから医務室を出て、ゲンスイの部屋へ向かった。


ソフィエの後ろ姿を見送ってなお、春風はドキドキが収まらなかった。


大学時代にはじめて付き合った彼女とだってこんな気持ちにはならなかった。


中二の時にクラスメイトの優奈ちゃんで頭がいっぱいになった時以来、いやそれを越える胸の高鳴りだった。

※3

瑠月ルナ

瑠月ルナはバルデラの七つの月のひとつ。

この月は特別な日を除き左右どちらかの半月である事から、女性の姿をした美しい男性の古代神ルナの名がつけられた。

惑星バルデラの月衛星のうち、最も小さく最遠を周回している。


リリスの矢

ブリテン神話や童話に登場する少女天使リリスが持つとされる矢。

この矢に射抜かれた者はリリスの名において裁かれ、罪と断ぜられればリリスの命じた姿を変えられてしまう。

この弓矢は清い心でなければ使えないとされ、劇中ではこの一文の引用で、主人公のバルデラ王子の心がリリスのように清らかである事を示し、また、このくだりの前に月姫が述べた王子を拒絶する台詞が偽りである事を表現している。

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