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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
17/61

医務室会議

三人が春風の清拭と着替えを終え春風をベッドに横たえた時、医務室の中央に現れた橙色の魔法陣からソフィエが姿を出した。


長くきれいな金髪がふわりと持ち上がり、医務室にいい香りがした。


「遅くなりました。彼の容態はどうですか?」


ソフィエは春風のベッドを囲む三人に聞いた。


「おかえりなさい。彼は大丈夫らしいわ」


セミロングの外巻きカールの栗毛をかき上げてヨランダンが微笑んだ。


「そうですか。よかった」


「無事でなにより。それで、どこぞの敵さんはいたのか?」


顎に手を当てたゲンスイが聞いた。


「はい。魔術師らしき人達が八人来ました」


「ずいぶん多いわね」


ヨランダンが目を丸くして言った。


「そうですね。魔術師を一度にそれ程動かせる組織なんてそうはありません」


「詳しい話はマンソンや校長と合流してからだな」


ゲンスイがそう言うと、ヨランダンは右の人先指で空中に何かを書くそぶりを見せて指を鳴らした。


すると指先に青い光が集約し、手の平ほどの大きさの少女のような形をした水が現れた。


人のように見えるのは上半身だけで、下半身は箒星ほうきぼしの尾のように長くくねり、先端に行くほどに透明度が増していった。


側頭部から髪のように長くしなやかに柔らかく伸びた二本の角のような部分も下半身同様の形状で、三本の尾は絡み合いながら輝き、細かな星を振りまいていた。


全体が半透明の青色の水で出来た少女のようなそれは、水の下位精霊シーラだった。


顔の表情は読み取りづらいが、笑っているようだった。


精霊魔法に長けた魔術師は、明確な言葉を持たない下位聖霊とも会話ができた。


ヨランダンが不思議な言葉でシーラに耳打ちすると、シーラは医務室の皆の頭上を嬉しそうにくるくると回り、天井に突進しぶつかって光の粉となって消えた。


「さすがですね」


とソフィエがヨランダンの精霊魔法の手際の良さを誉めた。


ソフィエだって並はずれた精霊魔法の使い手だったが、精霊魔法に関してはヨランダンがさらにその上をいった。


「まあ。ソフィエに褒めてもられるなんてうれしいわ」


ヨランダンが飛ばしたシーラは寄宿舎屋上の床からするりと現れ、屋上で夜空の下座禅を組んでいた校長デルタの元へ飛び、月落人が来たというヨランダンからの伝言をデルタの耳元で耳落ちした。


「ありがとうシーラ」


そういうとシーラは、いつものように声もなく微笑み、寄宿舎の上空で何周か回って弾けるように消えた。


「先手を取れたのは大きい」


デルタはそう呟くと立ち上がり、ゆっくりと歩いて医務室へ向かった。


デルタ、ソフィエ、ヨランダン、ゲンスイ、トトの五人は、春風捜索に向かったもう一人の魔術師マンソンの帰りを待ちながら春風の体について話し合った。


「私もこのようなマナに出会ったのは初めてです」


デルタは春風の体を目を瞑ったままじっと見て言った。


デルタの"目"には、春風だけでなく周囲のマナの光がありありと「見えて」いた。


通常、目の網膜に入った光情報は視神経通って伝わり大脳後頭部の後頭葉にて処理されるが、デルタの場合、マナが直接後頭葉へ入っていき処理されていた。


集中すれば遥か遠くまで見通すことも出来たし、マナの特性を把握するのもお手のものだった。


だが、デルタでも春風の心臓から全身に広がるマナの種類や状態が把握できなかった。


これではまるで、マナそのものが心臓と血管を構成しているようだ。


春風の心臓に集約したとてつもないマナに、デルタは驚きを隠せなかった。


「校長でも知らんのなら、誰も知らんわな」


ゲンスイが春風に布団をかけ、五人は医務室の入口側のソファに腰掛けた。


その時、最初に出ていったマンソンが医務室の窓から戻ってきた。


マンソンがウルガ山南斜面へ到達した時、敵と思われる者の姿はなかった。


上空から周囲を確認すると、崖の巣で騒ぐデカント・イーグルを見つけた。


もしや連れ去られて巣で餌にされてはいないかと、マンソンは相方のデカント・イーグルから飛び降りて空中を飛び巣の方を覗き込んだ。


すると親鳥が何かを咥え川へ吐き捨てたのが見えた。


よく見るとそれは雛であり、その雛は長剣で串刺しにされて死んでいた。


ここに運ばれた月落人が剣を振るったのかも知れなかったが、巣には生きている人間はおらず、川に逃げたのかもしれないと考えたマンソンは上空から川の下流を見た。


すると、川の最終到達地である大地の臍のはじまりの泉付近で、ほんのかすかな光がいくつか発生して消えるのが見えた。


魔法陣に違いなかった。


マンソンはそこからラフィには乗らず、自身の飛行魔法を使い急行した。


あっという間にはじまりの泉に着いたがその時にはもう誰もおらず、その後マンソンはそのまま飛んで寄宿舎に戻った。


マンソンはベッドを囲む面々とそこに横たわる一人の若い男性を見て月落人の保護に成功したのだと理解した。


「無事ですか?」


窓を開けるなりマンソンはそう言った。


「ええ。心配ないわ」


ヨランダンの声を聞きながらマンソンは中に入り窓を閉め


「はじまりの泉で多数の魔法陣を見たけど、あれは?」


とソフィエに聞いた。


「敵だと思います。魔術師の集団で八人いました」


「八人。そんなに」


「はい... 」


ソフィエが言い淀んだのを見て、


「どうした?」


とゲンスイが聞いた。


「確証はありません。でも、神官のような気がしました」


「神官?!バカな」


「はい。私もそんなはずはないと思うのですが...」


ソフィエは見たままを説明した。


泉に来た集団の魔法陣の熟練度、神官を思わせる所作、統率の取れた動き、名前は聞き取れなかったが指揮官と思われる男が大柄で低い声の野蛮な感じだった事、そして彼らが小さな何かを回収して素早く立ち去った事を言い終わると、マンソンがデルタに顔を向けた。


それだけでマンソンが何を言いたいのかを察したデルタは


「ええ。可能性はあります」


と言った。


「何の話しだ?」


とゲンスイが言うと


「いえ、私も確証はないのですが、少し心当たりがあります。その指揮官の男に」


マンソンの言葉に皆が驚いた。


「誰ですか?」


ソフィエが聞いた。


マンソンはデルタを見た。


「ブリテン聖教会のドイル大司教という人物が、ソフィエの言った男に似ています」


「ドイル?知らんな。しかしブリテン聖教会の、それも大司教だってのか...?!」


ゲンスイはヨランダンを見たが彼女もドイルに心当たりがないようだった。


「ウォーリス枢機卿の右腕と言われる人物です。いろいろ問題のある人物と聞いています」


そういうとデルタは黙って少し考え込んだ。


ないはずの眼球を覆うまぶたとつるつるの頭頂の頭皮内で何かの生き物が動いているかのようだった。


「枢機卿が黒幕か...。右腕のドイル」


「あくまで似ているという話しです。この中で面識があるのはデルタ校長だけですし」


不安がるゲンスイにマンソンが言った。


「直接お会いできれば、わかるかもしれません。特徴的な風貌と声でした」


とソフィエが言った。


考えがまとまったデルタが、もしウォーリスやドイルが関わっているなら何かしらの理由をつけて探りを入れてくるはずだ、二人が直接来る可能性は低いが、ソフィエがドイルの顔を見る機会を作る、と言った。

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