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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
15/61

春風救出作戦

無明むみょうの大賢者デルタ・オサロ


無明とは、真理に暗く、無知である事である。


盲目にして大賢者と呼ばれるまでになった魔術師デルタ・オサロは、長らく空白であった魔術師の称号「」を授けるというブリテン王国の使者に「我、未だ無明なり」と言って称号の授与を断った。


その話しを聞きつけた王国統治反対勢力がデルタを担ごうとしたが、彼らの動きを察知したデルタは政局に巻き込まれるのを避けるために放浪の旅へ出て姿を消した。


デルタがいなくなった事を悲しんだ大衆は、デルタへの尊敬と彼を利用しようとした面々への皮肉を込めて彼を「無明の大賢者」と呼ぶようになった。


なお、称号授与の計画はブリテン聖教会と一部王族主導のもと、現ブリテン国王に知らされないまま水面化で進められた。


その後ブリテン王が長い年月をかけデルタを探し続けた事や、ようやく見つけ出し国へ戻ってくれるよう懇願した際、ブリテン王の誠意に打たれたデルタがバルデラを担う人材育成に注力したいと話して分校の校長に就任した事を知る者はほとんどいない。


〜ブリテン魔術師年鑑より〜

春風が大きなコブをつくって気絶する二時間ほど前、ウルガ山上空に時空穴じくうけつが発生した事を察知した校長デルタ・オサロは、続けてその穴から出てきた春風のマナを感じ取った。


月落人つきおちびとが来ました。ウルガ山上空です。このままだと...」


と言ってデルタは目を閉じたまま眉をしかめて首を傾け、ピンと伸ばした右手の人差し指と中指を顔の前で少し動かした。


このままだとウルガ山に激突して命を落とす、と言いかけ、春風のマナが垂直落下から水平移動に切り替わった事を感じ取り、


「...これはもしや、何かに捕獲された可能性があります」


敵に先を越されたかもしれないと言う動揺が、校長室に集った五人に走った。


校長室の窓際に腰掛けていた長身長髪の優男やさおとこが立ち上がり


「私が行きます」


と言うと


「お願いします」


と言ってデルタは頷いた。


白いローブを来たその優男は三階にある校長室の窓を開けると、何かを口走って外へ飛んだ。


窓の外でほんの少し重力落下した後、男の体は光に包まれて、そこにまるで地面があるかのように男は空を蹴り、一歩ごとに跳躍するかのごとく斜め上へ走った。


宙を走りながら男は指笛を吹いた。


それは宿舎の屋上にいたデカント・イーグルを呼ぶための合図だったが、巨鳥は笛のを聞くよりも早く、優男が宙を走る気配を感じ取った段階で翼を広げて飛び立っていた。


目一杯に翼を広げた鳥は落下したのかと思うほどの勢いで寄宿舎から垂直に滑空すると、二度羽ばたき校庭すれすれの高さで低空飛行し、さらにより音を立てて二度翼を羽ばたかせて一気に上昇した。


飛び立った鳥は宙を走るように飛ぶ男の下へ潜り込んだ。


男が鳥の首の根元に着地すると鳥は、春風のいるウルガ山のある北の空へ消えていった。


その間黙って考えを巡らせていたデルタがようやく口を開き


「ソフィエ先生はしばらく待機、ヨランダン先生とゲンスイ先生はケガ人を迎える準備をしてください」


と言った。


ソフィエは、もどかしかった。


自分もウルガ山上空へ行った方がよいのでは、と言いたかったが、もう十年以上の付き合いであるデルタの判断が間違った事はこれまでに一度だってなかったので、ソフィエは出かかった言葉を飲み込んで口をつぐんだ。


デルタはその様子を察し、


「焦る事はありません。まだ勝機はあります」


と心配そうな顔をするソフィエに声をかけた。



鳥の背に乗る長身の優男、分校の教師である魔術師マンソンもまた同じように歯痒い思いをしていた。


デカント・イーグルでの移動は地上を行くよりは圧倒的に速い。


しかし、ただ単に目的地へ行くだけなら飛行魔法を使い自分一人で飛んだ方がさらに速い。


だが、状況がわからない。


もしも敵が多数待ち構えていたら戦闘になる。


その時に戦えるだけのマナを残しておく必要があった。


決して遠すぎる距離ではなかったが、近いとも言えないウルガ山まで飛行する事にマナを使ってしまえば、その後十分に戦う事は出来ないかもしれなかった。


「ラフィ、すまん、急いでくれ」


マンソンが呟くと、まるで言葉の意味を察したように、若いデカント・イーグルは何度も羽ばたいて加速した。


マンソンがウルガ山脈へ立ってしばらくすると、デルタが再び指示を出した。


「ソフィエ先生、はじまりの泉へ向かってください。ヨランダン先生とゲンスイ先生は治療の用意をお願いします」


と言った。


「おいおい、やっこさん、いきなり怪我してるのかい」


麻綿あさめんの薄手のタンクトップシャツ一枚だったゲンスイはそう言うと、ソファにかけてあった自分の白衣をひったくって羽織ると校長室を飛び出し、一階の医務室へ向けて走った。


「ソフィエ先生。できればバリス神殿へ転送してください。しかし無理そうなら判断はお任せします」


とデルタはソフィエに言った。


緊張した面持ちで「はい」と大きく返事をして頷くソフィエに


「大丈夫。いつものように勇気を持って行動してください」


と言ってデルタは微笑んだ。


そのやり取りを横で聞いていた、ふくよかな中年女性の魔術師ヨランダンは落ち着いていて、ソファに座ったままテーブルの焼き菓子を頬張っていた。


「そうよ、ソフィエ先生せんせ。あなたは出来る子よ。心配いらないわ」


と言ってにこやかに笑うと、紅茶を一口飲んでからまた焼き菓子に手を伸ばした。


ソフィエは神聖魔法を唱え、最後に


「我は汝の子、ソフィエ・ヒストリア。我をはじまりの泉へいざない導きたまえ」


と言った。


すぐにソフィエの周りに緑がかった魔法陣が発生し、ソフィエの体は光の集約とともに校長室から消えた。


「楽しみですわねぇ」


と相変わらずの豪胆ぶりのヨランダンの言葉を受け、デルタは微笑んで自分の椅子から立ち上がり、窓の近くまで歩くと立ち止まって後ろ手を組み、まるで見えているかのように窓の外へ顔を向けた。


満天の星空に存在感を示す赤と青の月と、かすかに小さく見えるウルガ山を見えない目で感じながらまだ見ぬ月落人に思いを馳せ、


「そうですね。月落人にまた会えたなら、私もずいぶん久しぶりです」


と言った。

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