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春風のヒストリア  作者: モトハル
春風_神官学校編
1/61

遥か彼方の君に

神などいない!


神など!


流れゆくマナの明滅!


世界よ、ああ世界よ!


ただ点滅する命があるだけなのだ!


徘徊詩人はいかいしじんディポン作「命」より抜粋〜

穏やかな夜だった。


七つの月がまばらにかかる雲の隙間から顔を出し、ローデンティア大陸を南北に二分するウルガ山脈を照らしていた。


ウルガ山脈の最東端にウルガさんがあった。


標高二万メートルを超えるこの巨大な山のいただきは、直径二キロメートルの火口湖かこうこだった。


どこまでも透き通るその湖の上空に、消えることのない万年虹まんねんにじがかかっていた。


虹は幾重にも連なる光環こうかんで、山頂を通過する月の位置によって光り方が変化した。


輪は絶えず発生と消失を繰り返した。


水をつかさど古代神こだいしんサイワによって造られたというこの火口湖は神と同じ名で呼ばれた。


上半分が万年雪まんねんゆきに覆われたウルガ山の山頂のサイワ湖上のさらに上空を、天野春風あまのはるかぜが落下していた。



「ずおおぉぁっ!!」



空にぽっかりと開いた黒い穴から出てきた春風は、いったい何が起きているのかわからなかった。


春風はついさっきまでお隣の大神元おおかみはじめの家にいた。


大神は宇宙生命科学領域で独創的な研究を続ける天才科学者だった。


春風と大神は仲の良い友人だった。


大神が十五歳で日本に来た年に春風が生まれた。


もう三十年の付き合いだった。


大神は、元々八百屋だった自宅の一階を自分の研究室ラボラトーリに改造して使っていた。


春風はそこを土間ラボと呼んだ。


二人はよく土間ラボで共に過ごした。


春風と大神は佐野元春のファンだったので、子供の時と変わらず大神は春風をハルと呼び、春風は大神の名前「はじめ」を「もと」と読み、大神をモッちゃんと呼んだ。


春風がウルガ山上空を落ちる前、二人は土間ラボにいた。


その日、大神が三十年研究し遂に出来上がった装置が完成した。


その巨大な装置は当初「全方向性超時空間情報集約解析装置、数式言語翻訳機能付」という開発者の大神が命名した無粋な名前が付いていた。


が、春風が「宇宙ラジオ」とすぐに命名し直した事によって、ドンキにでも売っていそうなポップな名前になったばかりだった。


春風の誕生日と合わせて装置の完成を祝い、始動スイッチを入れた。


装置は無事に作動した。


二人は大神特製のこだわりのコーヒーを飲みながら昔話をしていたところだった。


その話の最中に春風はオレンジ色の光に包まれ、土間ラボの地面に突如開いた黒い穴の中へ落ちた。


宇宙ラジオは遥か彼方の惑星バルデラから発せられた魔法と干渉し、銀河と銀河を繋ぐ宇宙トンネルをつくった。


その黒い穴は宇宙トンネルの片側だった。


大神が全く予期していなかった効果だった。


宇宙トンネルに落ちた春風は、真っ暗な中を落ちている事に焦った。


何も見えず風も匂いもないその空間の中で、奇妙な事にあらゆる方向に落ちている感覚があった。


もがいてみたがいっこうに埒が開かないまま時が過ぎ、もがくのをやめた春風はいつの間にか夜空に開いた黒い穴から放り出され、ウルガ山上空を落下していたのだった。


地球の土間ラボの床に出来た宇宙トンネルは、バルデラのウルガ山上空と繋がっていたのだった。


重力加速度が加わり一方向にぐんぐん落ちていく自分の体に吹き付ける凍てついた暴風が体に痛みを与え、その痛みが重力落下しているのだと言う現実感を春風に突きつけた。


とぎれとぎれの雲を突き抜け落ちているらしいという事以外まったく状況がわからない中、このままではいずれ地面に激突してしまうと言う恐怖が頭をよぎった時、上空から何かが近づいてくる事に気がついた。


最初、夜空の中に浮かび上がった小さなひとつの点のように見えたそれは実は二つで、二つの点ではなく二羽の鳥だとすぐにわかったのだが、その鳥の大きさに春風は再び現実感を失った。


ぎらりと光る鋭い目の上に生える黒々した羽毛がくちばしの両脇を伝ってあごの下まで伸びているので、立派な黒髭くろひげを生やているように見えるその鳥は翼をたたみ、春風目がけて一直線に突進してきた。


しかし春風の頭の中、あるいは無意識下には、鳥という生き物の大きさの限界値があったので、そのヒゲワシのように見えるその鳥は自分の眼前で止まったまま、姿だけが大きくなっていくように錯覚した。


鳥は春風と並行して滑空し大きな目で春風を一瞥すると右脚の四本指を大きく広げ、春風の胴体を鷲掴みにした。


春風の心臓の鼓動は恐怖のあまり跳ね上がった。


餌を右脚で握りしめる事に成功したオスのデカント・イーグルは翼を広げて吠えた。



「ギュウォォゥ!」



背後からついてきたメスも翼を広げて叫び、二羽は垂直降下から水平飛行に切り替わった。


広げた両翼の幅が三十メートルを超える二羽の巨鳥は、もうじき生まれる雛のための餌と共に、ウルガ山の南側斜面にある愛の巣へ悠々と飛んでいった。

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