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短編シリーズ【恋愛/ラブコメ/青春】

また、君に会いたい ~隣に引っ越してきたのは金髪の女の子でした~

作者: 紅狐


 学校が終わり、友達と遊んで夕方の鐘をききながら家に帰る。


「ただいまー」

「おかえりー、そろそろ夕飯にするから手を洗ってきなー」


 台所から母さんの声が聞こえる。

そう新しくないアパートの一室。

きっと父さんは今日も帰りが遅いだろう。


 手を洗い、自分の部屋でベッドに転がる。

自分の部屋には漫画もテレビもある。夕飯の時間までゲームをしながら時間をつぶす。


「たつやー、先に宿題しちゃいなさいよー」

「夕飯の後にするー」


 いつもと変わらない答え。

今日、この後に起こることは、一生忘れることはないだろう。


──ピンポーン


 チャイムが鳴る。誰かが来たのか?


「達也、代わりに出てー」

「無理!」


 ちょうど対戦が始まったところだ。

手を放すわけにはいかない。


「こっちも手が離せないの! どうせゲームしてるだけでしょ!」


 しぶしぶ玄関に向かい、扉を開ける。

そこには、金髪の大男が俺を見下ろしている。


「か、か、母さん!」


 思わず大きな声を出してしまった。

母さんは大慌てで玄関に来て、目の前の金髪男を見ている。


「コンニチハ。トナリニ、コシテキタ、テイラートイイマス」

「こ、これはこれは……」


 母さんは大男が差し出してきた箱を受けとった。


「コッチハ、ムスメノ、サラデス」


 男の後ろに隠れるようにこっちを眺めている女の子。

こっちも金髪。しかも目が青い。


 二人は、挨拶もそこそこ帰って行ってしまった。


「外国の人が隣に引っ越してくるなんて……。大丈夫かしら」

「大丈夫って、何が?」

「ほら、あっちとこっちじゃ、文化が違うでしょ? ごみ捨てとかわかるかしら……」


 母さんは何かを心配している。

どちらかというボロアパート。どうしてこんなところに引っ越してきたのだろうか。

それに、日本語も片言だった。


 俺はその日、母さんと父さんと夕飯を食べ、すぐに寝てしまった。


 それから数日、いつものように学校へ行き、友達と遊ぶ日が続く。

いつもの公園で鐘が鳴るまで遊び、みんなさっさと帰ってしまった。


 自分も帰ろうと公園から道路に出たとき、一人の女の子が公園に入ってくるのが目に入る。

そして一人でブランコに乗りはじめた。


 こんな時間に何で一人なんだ? もう鐘はなったぞ?

公園の外から、ブランコに乗る女の子を覗く。

金髪の女の子。うちの隣に引っ越してきた女の子だ。

多分、年は同じくらいだろう。少しだけ俺よりも背が高い。


 もし、事件に巻き込まれたらめんどくさいことになるかもしれない、

安全な日本といっても、事件は起きているからな。


「おい、帰らないのか? 鐘はなったぞ?」


 ブランコに乗る女の子に声をかける。


『なに? 私に何かよう?』


 何を言っているのか全く分からない。


「何と言ったんだ? 日本語話せよ」

『あなたが何を言ってるか、わからないわ』

「まいったな……。あー、家、帰る、暗くなる」


 ぽかんとした表情の女の子。

どうしよう……。声をかけなければよかったかもしれない。


 俺は手首を指で刺し、走るそぶりを見せる。

時計、時間。家に走って帰る。ジェスチャーで伝わるのか?


『時間、走る?』


 伝わっているのか、いないのか全く分からない。


「ここに住んでいる子供は、鐘が鳴ったら帰るんだよ! いいから帰るぞ!」


 女の子の手を取り、公園の出口に向かって歩き始めた。


『何するの!』


 なんか叫ばれた。


「いいから、帰るぞ! 俺も帰るんだ。家、隣だろ」


 何かを俺に伝えようとしているのか、半分無理やり家まで送った。


「ほら、ついたぞ。じゃーなー」


 自分の家に帰ろうとしたとき、彼女は首からネックレスを取り出した。

そして、その先にぶら下がったカギを握り部屋の扉を開け、中に入っていった。


 鍵? 家に誰もいないのか?


 その日の夕飯、母さんと父さんを食卓を囲む。


「そうそう、隣のテイラーさん、カメラマンなんだって」

「カメラマン? じゃぁ、仕事で日本に来たのか?」

「近所の人から聞いたんだけど、しばらく滞在して写真を撮り終わったら帰国するんですって」

「そうか、じゃぁサラちゃんにとっては小旅行だなー」

「いいわねー、外国に小旅行。楽しいでしょうね」


 両親の会話を聞き、なんとなく違和感を感じた。

隣に引っ越してきたサラ。いつも一人で、何をしているんだろう。

しかも、さっきも一人で部屋に帰っていった。

たぶん誰とも話していないし、つまらないんじゃないか?


「あのさ。隣の子、さっき一人で公園にいたよ。鍵も持ってたし、家にお父さんいないんじゃないかな?」


 自分がさっきしたことを二人に伝える。

少しだけ、食卓が静かになってしまった。


 そして、迎えた金曜の夜。

いつものように家族で食卓を囲む。


「達也、明日と明後日遊びに行ってこい」


 初めから遊びに行く予定だった。

公園に行けば、誰かがいる。


「行くよ。多分明日は、祐樹と博と……」

「いやいや、サラちゃんと一緒に出掛けてきてくれ」

「え? なんで?」

「テイラーさん、仕事で不在なことが多くどこにも連れていけていないそうなんだ。お前と年も近いし、どこかに連れていってやってくれ」

「嫌だよ、あの子と話できないし、俺も友達と……」


 会話ができない。意思の疎通ができない。

どこに行けばいいかもわからないし、何をすればいいのかもわからない。


「お前、新しいコントローラーとソフトほしいって言ってたよな」


 っく、ものでつるのか。


「交通費や食事代も全額だす。さらにそれとは別に小遣いもやろう」


 さらに、小遣いまで……。


「な、何でそんなに気前がいいの? お父さんケチだよね?」

「ケチとは失礼な。先方から娘と遊んでほしいとお願いされたんだ。ここはお互いに助け合うのが人情ってもんだろ?」

「お父さんは何をするの?」

「何も? 遊ぶのはお前だしな」


 笑顔で食事を勧める両親。

サラも一人でつまらないだろうな……。


「わかったよ。明日と明後日出かけてくればいいんだろ」

「お、乗り気だな」

「小遣いの為だよ」


 俺は早めに夕飯を終え、準備を始める。

どこに行けばいいんだ? 海外の子って、何して遊ぶんだ?

全く分からない……。


 何も予定が決まらないまま、朝をむかえてしまった。

どうしよう……。


 着替えて、朝ごはんもそこそこ、出かける時間になる。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい。事故には気を付けてね」


 母さんに見送られ、隣のサラをむかえに行く。


──ピンポーン


「こ、こんにちはー」


 声を出した直後扉が開く。

まるで、玄関で待機していたような速さだ。


 目の前に出てきたサラは髪を結び、ふわりとした白いワンピースに、ピンクのポーチを着けている。

青い瞳を輝かせながら、俺の方をジーっと見ている。


「お、おぉう、おはよう」

『おはよう。よろしくね』


 サラの後ろから黒い影がせまってきた。


「ヨロシクネー。アリガト」


 片言でお礼を言われる。

だが、この後どうすればいいのか、何も決まっていない。


「行ってきます」


 とりあえず、駅の方に向かって歩き始める。

少し離れて後ろからサラがついてくるが、会話はない。

俺は立ち止まり、振り返ってさらに話しかけた。


「おい、どこに行きたいんだ?」

『なに?』


 そう、これだよ。

お互いに何を言っているのかわからない。


「どこでもいいだろ? 暇つぶしになればいいんだよな?」

『ごめんなさい。何を言っているか、わからないの』


 あー、めんどくさい!

俺はサラの手を取り、歩き始めた。


「とりあえずついてこい」

『どこに行くの?』


 言葉がわからない以上、こうして無理やり連れていくしかない。


 ついた場所は駅の近くにあるショッピングモール。

とりあえずここに来れば何かできるだろう。


 早速中に入り、ぶらぶらする。

サラはキョロキョロ周りを見回しながら、歩いている。


「アイスでも食べるか?」

『アイス?』


 アイスはなんとなく通じるようだ。

お店に並び、好きなアイスを選んでいく。


「すいません、これとこれ、ダブルで」


 サラは少し頬を赤くし、もじもじしている。

何を照れているんだ? 早く頼めばいいのに。


「いらっしゃいませ、何にしますか?」

『ここから、選べばいいんだよね? どれでもいいの?』

「好きなもの選べよ。一個でも二個でも」

『えっと、この青いのと白とピンクの混ざったものを』


 サラは指でアイスを指しながら選んでいく。

これは聞き取れた!色はわかるぞ! 早速お店の人に伝える。


「すいません、これとこれ。俺と同じダブルでお願いします」


 お店の人に伝え、俺とサラのアイスが出てきた。

ここで食べてもいいけど、このモールはテラスもある。

アイス片手に、テラスに移動してみた。


 空が青い。そして、風が心地よく感じる。


「そこ空いてる。座れよ」

『いい風。気持ちいいね』


 サラは笑顔で何かを伝えようとしている。

きっと、この場所が気持ちよく感じるのだろう。

言葉はわからなくても、なんとなくわかった気がした。


「いただきまーす」

『いただきまーす』


 サラは日本語で俺と同じように『いただきます』と言ってきた。


「なんだ、少しは日本語話せるのか?」

『アイス、おいしいね』


 笑顔で何かを話してくるサラ。

俺の言葉は通じていないようだ。


 サラはそのあと終始笑顔でアイスを食べ、俺と一緒にモールの中を散策。

ゲームコーナーは各国共通なのか、それなりに二人で楽しく遊べた。

お昼もフードコートでハンバーガーを食べて、一日中モールの中で過ごした。


 すっかり日も暮れ、そろそろ帰る時間。

来るときは一言も話していなかったサラも、帰るときは何かを一生懸命俺に伝えようとしていた。


「だいぶ遊んだな。明日はどうする?」

『今日は一日楽しかったよ。日本に来てから毎日退屈でね』

「行きたいところとか、見たいことろあるのか?」

『テラスでアイス食べたとき、なんだかほっとしたよ』


 明日になれば、また明日どこか行きたくなるかもしれない。

今日、無理やり決める必要はないだろう。


 しばらく歩くと家が見えてきた。


「やっと着いたー。疲れたな」

『ついちゃった……』


 少し寂しそうな顔つきになるサラ。

もしかして、家に誰もいないのか?


「お父さんいないのか?」

『きっと、今日も帰ってくるの遅い。また、お家で一人か……』

「なぁ、一緒に家でゲームでもしないか? 母さんもいるし、おやつやジュースも出るぞ」

『ジュース?』

「部屋は隣だし、夕方過ぎても大丈夫だろ」


 家にサラを連れていき、母さんに事情を話す。

母さんも大丈夫だと言ってくれたし、俺の部屋でゲーム大会だ。


「このこのこのっ」

『んっんっんっんっ』


 格闘ゲームで白熱する。


「まがれぇぇぇぇぇ!」

『まけるなぁぁぁ』


 レースゲームでバトルする。


「サラ、オセロ強いんだね」

『ふふん、また私の勝ちね』


 オセロでぼろ負けし、夜も更けていく……。


「サラちゃーん、お父さん今夜遅くなるって。だから一緒にご飯食べましょ」


 サラは理解しているのか、ちょっと不安になる。


 初めて四人で夕食を取った。


「どうだった? 一日楽しかったか?」

「まーね。一日モールでぶらぶらしてた」

「達也、サラちゃんとラブラブなんて……」

「母さん、ブラブラしてただけだよ。アイス食べて、ゲームして、雑貨見て」

「そう……。明日はどうするの?」

「決まってない」


 食事は始まっているのに、サラは食事に手を付けない。

せっかく母さんがお寿司を出前してくれたのに。

さっきからお吸い物を飲むだけだ。


「お寿司嫌いなのか?」


 サラに視線を向けてみるが、普通にお椀のお吸い物を飲んでいる。

が、箸を持つ気配がない。

そういえば、アイスもハンバーガーも……。


「お寿司の食べ方を教えてやるよ、こうして食べるんだぜ」


 俺はお寿司を手でつかみ、醤油につけて食べる。


「んまい! ほら、サラも食べろよ」

『手でたべるの?』


 俺はもう一貫、手でつかみ口に放り込む。


「こうして手で食べるんだぜ? 日本は箸もフォークも使うけど、手も使うんだ」


 見よう見まねでサラは手でお寿司を食べ始める。


「あら、そうだったわね。フォークの方が良かったかしら……」


 サラは用意されたお寿司をほとんど食べ、満足したようだ。

箸しか準備してなかったら、食べられないよな。


「サラちゃん、お父さん帰ってくるまでうちにいていいのよ」

「そうだそ、達也もそう思うだろ?」

「どっちでもいい。どうせ家は隣なんだ。すぐに帰れるし」



 言葉は通じないけど、一緒にいる時間が増えた。

サラの父さんが帰ってこないときは、ほとんどうちにいて遊ぶことが多い。


「これはおにぎり。わかるか? おにぎりだ」

「オニギリ」

「そうそう。こっちが目玉焼き。今朝食べただろ?」

「メマダヤキ」


 ここ数日、サラと遊びながら俺は日本語を教え始めた。

言葉の壁はあつい。俺が外国語を覚えてもいいかと思ったが、サラが日本語を覚えたいといってきたらしい。


「達也先生、そろそろおやつの準備ができましたよー」


 母さんが俺をからかってくる。


「うるさい。いいから出てってくれよ」

「あらあら」


 勉強の邪魔だ。


「続けるぞ。これが動物園。こっちが水族館。あと、遊園地」

「ドーブルエン、スイソクカン、ユゥエンティ」

「ん、だいたいオッケー。サラは覚えるの早いなー」

「タツヤ、ニホンゴ、ウマイ。ワタシ、ニホンモスキ」


 日本語うまいって……。






 そして、数週間が過ぎそろそろ夏休みになろうとしていた。


「タツヤ。ヘヤ、ハイルトイイ」


 サラに呼ばれ部屋に入る。

初めて入るサラの部屋。殺風景だけど、少しだけ可愛い雑貨が飾ってある。


「ソレ、モールデカッタ。タツヤトイッショ」


 そういえば、初めて一緒にモールへ行ったとき何か買っていたな。


「コレミル。パパ、シャシン、トル」


 そこには、サラのお父さんが撮影したと思われる写真があった。

渡されたアルバムを開くと、見たことない風景。見たことのない色があった。


「これ、サラのお父さんが……」


 心を奪われるって言葉があるが、それを体験した。

初めて写真がきれいだと思った。


 日の沈む、真っ赤に染まった荒野。

どこまでも透けて見える、真っ青な海。

見ているだけで凍えてくる、凍った林。


 そして、その中にサラの写真もあった。

今よりも少しだけ小さなサラ。


「ソレ、ワタシ。カワイイ」

「そうだな、かわいいな」


 誰もいない二人っきりの空間。

そして、超至近距離で視線が交差する。

お互いの呼吸音が聞こえてきそうな、距離。

次第に高まる鼓動。


 サラは頬を赤くし、そっぽを向いてしまった。


「パパ、シャシンタイセツ。ニホン、ダイスキ。イツモ、ワタシヒトリ」

「よく日本に来るのか?」

「ニホン、クル。デモ、スグニカエル」

「そっか……」


 この日も二人で出かける。

そろそろ夏休み、近所でお祭りもあるし、花火大会もある。

今年はサラと一緒に花火を見る。そんな予感がしていた。


 ※ ※ ※


 夏休みに入り、学校がなくなった。

宿題もそこそこ、ほとんど毎日サラと遊んでいる。


「はい、ここから読んで」

「はーい。かめはうさぎにまけないように、やすまずはしりました。そして、かめはうさぎよりもさきにやまのてっぺんについたのです」

「はい、よくできました! では、おやつのケーキです!」

「おー、おいしそう。いただきまーす」


 サラは少しだけど日本語が読めるようになった。

そして、前よりも会話ができるようになっていた。


「サラ、来週花火大会があるんだ。一緒に見に行くか?」

「はなび。みたいです」


 予定が決まった。

早速母さんにその話をする。


「あら、花火大会ね。いいわよ、行ってらっしゃい」


 いつもなら小言を言ってくるのに、今回は何も言ってこない。


「じゃ、小遣いよろしく」

「はいはい。あ、あとでサラちゃんと買い物行ってきてもいいかしら?」

「サラと買い物?」

「そ、お買い物」


 微笑む母さん、いったい何を買いに行くのだろうか。


 そして、むかえた花火大会の日。

母さんはサラの家に行ってしまった。

俺は自分の部屋で時間をつぶす。

ソロソロ出かけないと、混むんだけどな……。


──ピンポーン


 やっと来たか。

玄関を開ける。


「ごめんなさい。まった?」


 そこには浴衣に身を包んだサラがいた。

隣には母さんが満足そうな顔で立っている。


「どう? サラちゃん可愛いでしょ?」


 サラの浴衣は白をベースに淡い色の朝顔が描かれている。

そして、濃い紫の帯と、髪を結ったところについているかんざし

俺は早くも心を奪われたのが二回目になってしまった。


「まぁ、似合うんじゃない? うんうん、かわいいねー」


 はずかしいので、本当のことを言えない。


「ありがとう。はなびたのしみ」


 笑顔を俺に向け、その表情は天使のようだ。

サラは可愛い巾着と小さなバッグを持っており、出かける準備は完了しているようだ。

俺も特に準備する荷物はないので、早速花火大会に行く。


「いってきまーす」

「行ってらっしゃい。迷子にならないようにね。サラちゃんの事、くれぐれもよろしくね」


 二人で初めて混雑するイベントに行く。

少し心配だけど、サラは大丈夫だろう。

多少は話せるしようになったし。


 駅に着き、電車を待つ。

ちらほら浴衣姿の人が何人か目に入ってきた。


「たつや、これ持ってきた」


 サラが持ってきたバッグから取り出したのはカメラだった。


「カメラ持ってるのか?」

「パパのかりてきた。しゃしんほしい」


 そうか、サラも写真を撮りたいのか。

さすがカメラマンの娘。親子ですね。


「ふたりでとったしゃしん、おもいでにのこしたい」


 ……サラはいつか帰国してしまう。

俺が絶対にいけない場所に。そして、二度と会うことはないだろう。


「よし、サラをモデルに俺がたくさん撮ってやるよ。カメラ貸して」


 父さんにデジカメを借りて写真を撮ったことがある。

きっと大丈夫だろう。


 電車に乗り、花火大会の行われる河川敷に着く。

思ったよりも人が多い。


「思ったよりも混んでるな……」

「たつや……」


 サラは少し躊躇している。


「大丈夫だって。日本の花火はどこでもこんな感じなんだ。ほら、迷子にならないように」


 もしかしたら花火会場に来るのは初めてなのかもしれない。

だったら思いっきり楽しんでもらわないとな。

俺はサラの手を握り、歩き始めた。


「たつや?」

「絶対に離すなよ。絶対だからな」


 フリじゃないよ、迷子センターに呼び出されるとか嫌だからな。


「はなさない。ぜったいにはなさない」

 

 二人で会場を回る。

たこ焼きに大判焼き、クレープにチョコバナナ。

射的をして、水ヨーヨを釣ってお祭りを楽しんだ。


「たのしい。まいにちおまつりならいいのに」

「そうだな。お祭りは楽しいな」


 借りたカメラで何枚も写真を撮る。

うまく撮れているのだろうか?


「お、写真とるのか? どれ、おっちゃんが二人を取ってあげるよ」


 近くのおじさんが声をかけてきた。

サラの思い出にか……。


「お願いします」


 おじさんにカメラを渡し、写真を数枚とってもらった。


「ありがとうございます」

「じゃ、お祭り楽しんでな」


 サラと二人で写真を撮ってもらった。


──ドーーーン


「たつやとふたりのしゃしん……。うれしいな……」


 サラが何か言ったが、花火の音で聞こえなかった。


「花火始まった! もっと見えるところに行こう!」


 サラの手を取り、少しだけ走る。


 握った手は俺と同じくらいの大きさ。


 年は同じ。

俺よりも少しだけ背が高いサラ。

アイスを笑顔で食べるサラ。

おなか一杯になって満足しているサラ。

ゲームで負けると悔しがるサラ。

牛乳を飲むときにひげを作るサラ。

ニホンが好きなサラ。


 そして──


「はなび、きれい。ありがとう。いっしょにみることができて、うれしい」


 花火を見上げ、その光を浴びるサラ。


「よかったな」


 サラは真剣な目で俺を見てくる。


「たつや」


 いやでも鼓動が早くなる。

隣で、こんな至近距離で俺を見ないでくれ。


「な、な、なんだよ」

「わたし、かえる。もう、あえなくなる。さみしい」


 一気に血の気が引いた。

いつか来るとわかっていた。

でも、もしかしたらずっと来ないと期待していた自分もいた。


「そっか。友達いるところに帰ることができるんだ。もっとよろこべよ」

「にほんもごはんもすき。パパもしゃしんもすき。たつやも──」


──ドーーーン


「これにて、本日の花火大会は終了となります。お帰りの際は──」


 花火大会が終わってしまった。

サラと出かけるもの、これが最後なんだと実感してしまう。


 来るときはあんなに楽しそうだったのに、帰るときは会話の一つもない。

首からぶら下げたカメラも、邪魔に感じてしまう。


「しかし、帰りはずいぶん混むな……」

「た、たつや……」


 気を抜いた瞬間、サラと繋いでいた手がはなれてしまった。


「しまった!」


 気が付いたとき、俺の握っていた手は消えており、視界からサラも消えていた。

まずい、まずい、まずい……。この状況で一人の女の子なんて見つけられるわけがない!


「すいません! ちょっと、すいません!」


 周りは大人ばかり。

押しつぶされ、視界も遮られ、打つ手なし。

くっそ、俺がもっとでかければっ!


「サラッ! サラッッ!」


 はぐれて数十分、いまだに合流できていない。

もしかして先に帰ったのか?


 いや、たぶんそれはない。

きっと、サラも俺の事を探してどこかウロウロしているんだろう。

絶対に探さないと……。


 少しづつ人が少なくなってきており、人に当たらずに歩けるようになってきた。

近くの受付に行き、迷子が来ていないか聞いてみたが来ていないようだ。


 くっそ、どに行ったんだ。


「サラ! どこにいるんだ! サラ!」


 汗をかきながら花火会場を走る。

自分の住んでいた国を離れて、こんな広いところにたった一人。

言葉もろくに通じない、帰る方法もわからない。

もし、もしもサラの身に何かあったら……。


「サラッ! いないのか!」


 わき腹が苦しい。息が、続かない。

でも、走ることをやめる訳にはいかない。

母さんにも言われた、でもそれだけじゃない!


 いつの間にか、サラと花火を見ていた近くまで来てしまった。

ここまで何人もすれ違ったが、サラっぽい金髪の子は見なかった。


「いったいどこに……」


 さっきまでサラと一緒に花火を見ていた河川敷。

もう、周りにはほとんど人影がない。


 俺は思いっきり息を吸い込む。


「サァァァラァァァァァ!!」


 一体どこに……。


──ガサガサ


 ビクゥッ! 少し離れたところで何かが動いた。

人影らしい影は、ない!


 が、どうやら寝ていたようで、起き上がった黒い影は次第にその姿を見せ始めた。


「た、たつや……」

「サラ!」


 草むらに隠れるように寝ていたのはサラだった。


「大丈夫か! どこか怪我でもしたのか!」

「だいじょうぶ。たつや、ひとりでこわかった」


 半分涙目になりながら俺に抱き着いてきた。

俺はそっと頭をなで、なぐさめる。


「ほらみろ。迷子になったらこうなるんだ」

「ごめん。ごめんね……」


 今度は絶対に離さないように手をつないで駅に向かって歩き始める。

人は少ない。今度は絶対に大丈夫だ。


「にーちゃん。最後なんだ、二個百円でいいから買わないか?」


 屋台のおっちゃんが声をかけてくる。


「はい、サラの分な」

「ありがと。これなに?」


 渡したのは真っ赤ないちご飴。


「いちご飴。中にイチゴが入っているけど、ただの飴だな」

「いちごあめ……。あ、あまい。おいしいっ」


 さっきまで半泣きだったサラが少しだけ元気になる。

よかった、少しだけほっとする。


 帰る電車の中で俺は二つ問題を抱えていた。

一つは、気が付いたら借りたカメラのレンズにヒビが入っていたこと。

これは非常にまずい。


 そしてもう一つは……。


「たつや……。ありがと……」


 肩に寄りかかったま寝てしまったサラ。

降りる駅までまだ時間はかかる。その間少しだけ寝かせてあげよう。


 駅に着きサラをおこして家に帰る。

予定よりも少し遅れてしまった。


「た、ただいま……」


 恐る恐る玄関を開ける。


「お帰り」


 母さんに父さん。

それに……。


『サラ! 遅いじゃないか、心配したぞ!』


 サラのお父さんまでいた。


「うむ。ま、無事に帰ってきたんだし、詳しいことは後で聞こうか」

「遅くなってごめん……」

「ごめんなさい。たつや、わるくない! わたしが──」

「サラちゃんはいいの。責任は達也にあるのだから。さ、お風呂に入ってらっしゃい」


 サラはそのまま母さんとお風呂場に行ってしまった。


 俺は、父さんとサラのお父さんを目の前にして、ずっと下を見ている。

花火大会の事、帰る途中はぐれたこと、探していたら時間がかかってしまったこと。

そして──


「達也が壊したのか?」


 気が付いたら割れていた。

でも、俺が首からずっとぶら下げていたのは事実。


「はい」

「勝手に持ち出したのはサラちゃんなのか?」

「はい」


 大人二人が困った顔になった。


「ふむ……。テイラーさん、本当に申し訳ない。同じものを弁償させてください」


 テイラーさんは、壊れたカメラを見ながら電源を入れた。

そして室内を何枚か撮影し、モニタを見ている。


「シャシンはとれました。タツヤ、シャシンみてもよい?」

「どうぞ」


 テイラーさんはしばらく俺が撮った写真を見ている。

心なしか、嬉しそうにしている。


「レンズのここ、ヒビある。コウカンひつよう。おかねかかる」

「はい、弁償します」

「ノンノン。タツヤのしゃしん、ください。それでおーけーよ」


 俺の撮った写真でいいのか?


「それでよければ」


 結局カメラはサラのお父さんに返し、サラも怒られていた。

勝手に持ち出したんだ、怒られて当たりまえ。


 そして、帰りが遅くなり、カメラのレンズを壊した俺も怒られた。

でも、サラと花火を見たことは一生忘れることのない思い出になった。


 ※ ※ ※


 あの日から俺は少しだけ英語を勉強するようになった。

そして、ついに訪れてしまったこの日。


 俺と両親、そしてサラたちと一緒に空港にいた。


「また、日本に来てくださいね」

「今度は奥さんも一緒に」

「また、きまーす。ありがとございました」


 俺はサラと何も話していない。

話せない、うまく言葉が出てこないんだ。


「まだ少し時間があるな。達也何かお土産でもその辺で買ってこい」


 へ? お土産はもう渡したじゃないか。なんでまた……。


『サラ、達也君と一緒にお土産を買ってきてくれないか?』

『おみやげはもう買ったでしょ? また買うの?』

『いいんだよ。ほら、達也君も買いに行くだろ』


 俺はサラと二人でお土産を買いに、適当に店に入る。

出発までまで少し時間がある。


「なにほしい?」

「……なにも」

「なんだ、せっかくなんだしなんでも言えよ」

「いらない」


 さっきから機嫌が悪い。

俺が何話してもそっぽを見てしまう。


「……屋上に行ってみるか?」


 無言でうなづくサラ。

俺はサラと一緒に屋上へ行ってみた。


 空は快晴、雲一つない。

夏の日差しが俺とサラを襲う。


「何か飲む?」


 俺はサラにジュースを買って渡した。

フェンスを背中に、二人で並んで立つ。


「帰っちゃうんだな」

「うん」

「また、日本に来るのか?」

「わからない」

「日本も楽しいところだろ?」

「うん」


 会話が続かない。

サラが俺の手を握る。


「たつや、わたしかえりたくない。にほんに、たつやといっしょに」


 握られた手を握りかえす。


「また来いよ。俺、英語勉強してもっとサラと話がしたいんだ」

「わたし、にほんご、べんきょうする。また、にほんにくる」

「約束するか?」

「やくそくする」


 サラと軽くハグして、お互いを確かめ合う。

本当に短い期間だっかけど、一生心に残る思い出ができた。


「サラ、俺少しだけ英語覚えたんだ。聞いてくれるか?」


 少し涙目になりながら、サラはうなづく。

サラの目を見て、ゆっくりと口を開く。


『また、君に会いたい』


 ちゃんと言えたかな?


「私も、またあなたに会いたい」


 サラははっきりと日本語で話してくれた。


「サラ……」

「わたしも、にほんご、もっとがんばるよ」



 そして、無情にも搭乗手続きが始めるアナウンスが流れ始めた。

俺とサラのお別れの時だ。

ゲートに入る直前、サラは俺の頬に軽くキスをしてそのまま振り返り去っていった。


 短い、俺のちょっとした物語はこうして終わりを告げた。

二度と会うことのない女の子。

この出会いと別れ、忘れることのできない思い出になった。



  ※ ※ ※


 そして、月日は流れ俺は中学受験見事に突破し、有名中高一貫教育の学校に通うことになった。


 あの日から俺の目標は決まった。

英語を覚えて、サラのいるところに留学しに行く。

そのために、留学制度のある学校を選んだ。


 それに、趣味でカメラも始めた。

サラのお父さんが俺とサラの写真を現像してくれたのだ。

今でも自分の手帳に入れている。


 もう一度サラに会いたい。

その為だったらどんな困難にでも立ち向かっていけると信じていた。


 高校生活二年目。

時間がない。今度こそ試験を突破して、留学するためのチケットを手に入れてみせる……。


「達也、顔怖いよ。そんなに留学したいの?」

「そのためにこの学校に来た」

「学年トップクラスの達也が留学ね……。何回目?」

「五回目……」

「本当にアメリカに住む女の子に会いに行くためなの?」

「そうだ。悪いか?」


 一年に四回ある留学するためのチケット。

筆記試験、面談、英会話。試験をパスしたもののみ留学することができる。

短期間でもいい、何としても留学のチケットを……。


 クラスメイトは、俺がなぜ留学にこだわっているのか知っている。

俺はどうしても留学のチケットが欲しい。手に入れなければならないのだ。



──キーンコーンカーンコーン


 担任の先生が教室に入ってくる。

俺は試験対策用の参考書に目を向け、先生の話は上の空。


「──ということです。では、自己紹介を」


 自己紹介? 誰か来たのか?


 教壇の方に目を向けると初めに目に入ったのは金髪の長い髪だった。

そして、その次は青い瞳。


 彼女は後ろを向き、黒板に文字を書く。

カタカナで書かれた名前。


『サラ=テイラー』


 目を疑う。

あの小さな女の子と同じ名前。


「サラ=テイラーです。アメリカから引っ越してきました。よろしくお願いします」


 教室の中がざわめく。

海外からの転校生。そして、俺の知る名前。


 俺は無意識に立ち上がり、ゆっくりと教壇に立つ少女に向かって歩きだす。


「サラ……」

「達也、私は約束守ったよ。日本語勉強して、会いに来た」

「サラ!」


 ここで取り乱してはいけない。

彼女の瞳を見て、ゆっくりと口を開く。


『ずっと、会いたかった。あの日から、サラの事がずっと好きだった』


 笑顔でサラは答える。


「みんなの前で告白? かっこいいね」


 頬を赤くし、サラは微笑む。

クラスの中がさらにざわつき、全員が席を立つ。

そして、次第に拍手が鳴り響いてきた。


「すごいね、日本もこんなこと起きるんだ」

「すごくないっ!」

 

 俺は自分のしてしまった事を振り返り、とんでもないことをしでかしたと気が付いた。

この場は、戦略的撤退。後の事は後で考える!


「先生! 具合が悪いので保健室に行ってきます!」

「先生、転校初日で疲れてしまいました。保健室に行ってきます」


 俺はサラの手を引き、走って教室を出ていく。


「達也、日本の学校楽しみ!」

「学校だけじゃない。これから毎日楽しくなるさ!」


 ホームルームが始まっている各クラス。

廊下は俺とサラの二人だけ。

あの日、離してしまった手を俺は今握っている。


「もう二度とこの手は離さないからな!」

「私も! もう二度と達也から離れないから!」


 俺たちの高校生活。

そして、この先もずっと二人でいられたら……。


 

お読みいただきありがとうございました。


元々長編で書こうかと思っていたのですが、短編にまとめてみました。


もし、よろしかったら下の☆を★にお願いいたします。


よろしくお願いいたします。

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[良い点] よかった、 とてもよかった。 ボキャブラリが少なくてすみません、でもストレートに心にしみました! [気になる点] まだ公開しておりませんが、私も外国人の女の子とのラブコメっぽい作品を執筆中…
[良い点] テンポよく、且つ分かりやすく短く纏められた文章。レベルの高さに嫉妬します。 [気になる点] 所々、平仮名だったり脱字だったりが起きているため、そこで一度目が止まってしまいました。 他はな…
[一言] 長編待ってます
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