表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

掌編小説

タブーの穴

作者: タマネギ

電車が無くなるから早く帰れと

Tが言ったとき、

雨はいっそう激しさを増していた。

窓に吹き付ける雨足に、

誰も部屋から出ようとせず、

Tもその様子に、それ以上、

何も言おうとしない。


企画解説の資料も、投資効率の資料も、

スタッフの連携で、

完全に出来上がっていた。

黙々と続けられてきた、プレゼンの準備は、

新製品のスライド画像のチェックだけに

なっていた。


ただ、画像のチェックを

続けようとしているのは、

Tだけであった。

スタッフにはTが何故、

それほど画像に拘るのかが

わからなかった。


そして、やっかいなことに、

T自身にも、わからないのである。

何故この写真が駄目だと

感じるのかが……


ここ一ヶ月、ほとんど毎日残業に

なっているせいで、

皆の疲労も溜まりに溜まっていた。

Tもそれをわかっていながら、

どうすることもできないでいる。


そんな夜の激しい雨は、

皆の心を余計に不安にさせた。

いったいTは何を感じ取ったのか。

スタッフも、T自身も、疲れきっていた。


画像は、どれも製品の特徴を

見事に捉えていて、

製作した係の者も素晴らしい出来映えだと、

そのデザインセンスを賞賛した。

まるで、今にも浮き出てきそうなほどの

立体感が頼もしい。


日が変わろうとする頃、

守衛が見回りのついでに、

そろそろ閉めますからと、

言いにやって来た。


皆、何かしら言葉が出るだろうと

Tを注目したが、

期待は裏切られた。

そして、Tが何度目かの溜め息を

ついたとき、

スタッフの一人が口を開いた。


「T部長、いったい何がどう

ダメなんですか?

先に帰れって言われても、

雨もすごいし帰れないですよ」


「……そうだな。すまん。

私が気になったばっかりに」


「部長……そういうことじゃなくて、

私たちも最後までこの企画に

関わりたいから、

ずっと待ってたんです。

ですから、部長の気にかかるところを

教えて下されば、

皆でもう一度考えますから」


一人、二人とTのデスクの周りに集まり、

やがて、スタッフ全員がTを

取り囲んでいた。


Tはスタッフの真剣な眼差しに、

決断しなければならないと思った。


「……わかった。何が気にかかるのか話そう。

ただ、自分でも何故気にかかるのか、

わからないんだが」


Tは一通り、スタッフを見渡し、

椅子に深く座り直した。


その画像は、確かに立体感があって、

今にも飛び出し

そうであった。

スタッフには何度見ても同じことだった。


「……部長、お願いします」


口を開いた者が、再び言った。


「ああ、……実はその製品の写真なんだが、

穴が開いてるだろう」


「えっ…穴、ですか?」


「うん、製品の正面と裏面の画像に、

小さな穴が開いているんだ。

ほら、どちらも右下のほうだ。


それが気になるんだが、

そもそも何故気になるのかが

わからない。

つまりだ……何故穴があるのかが

わからないんだ」


「……部長、そっ、それは、ああっ、

失礼しました。

まさか、穴のことを口にされるとは

思わなかったので」


スタッフは一様に、どよめいた。

穴のことについては、

一言も話してはならないと、

会社の誰もが思うはずなのに……


T部長はそれを口にした。

スタッフは、この場を

どう受け止めていいのかわからず、

次第に黙りこんでいった。


「ん、どうしたんだ……頼む、

考えてみてくれないか。

そのために残ってくれたんじゃ

なかったのか?」


Tは背もたれから身を起こして言った。


「あの…部長……

本当にどうかなさったんですか?

また、頭痛が出てらっしゃるんじゃ

ないんでしょうか」


黙りこんでいた主任が静かに言った。


「いや、大丈夫、疲れ目で視力が落ちたが、

今日は頭痛も胃痛もない……

それより君はどう思う?

見事なプレゼン画像だが、

私はこの穴のせいで、

どうもプレゼンする気が起きないんだ」


Tが焦点の定まらない目で、主任を見つめる。


「はい…僕は、その穴を見て、

最初、不思議だったんです。

でも、仕事しているうちに、

穴のことが気にならなくなって、

いつの間にか穴は穴なんだと……」


主任は、Tに狂気を感じ、

穴のことを口にした。


雨の音が一瞬大きくなった。

最終電車の時刻になったことなど、

もう誰も気にしていない。

Tは腕組みをして目を閉じ、呟いた。


「穴は穴……製品とは関係ないと言うのか。

穴は穴……

昔、そんなことを思っていた気がする」


それから、Tは立ち上がり、

雨と風が吹き付ける窓辺に立った。

スタッフの何人かが歩み寄っていく。


すると、窓に向かった、

Tの腰のあたりに、黒っぽい円が浮かんだ。

それは、雨雲のように膨れ上がり、

画像にあるような穴になっていった。


不文律というタブーの穴は、

見た目素晴らしい画像

だけではなく、

T自身にも開いていたのだった。


誰もが知る不文律やタブーに、

人は時として、疑問を持つことがある。

Tのように、自分にタブーの穴が

開いているのも知らずに……


その夜は、画像のことが決まらないまま、

皆、仕事場に泊まり込むことになった。


雨の具合より、穴を気にかけながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ