聖女の思想
連絡を受け、直ぐに公園に向かう。
急いでいるせいもあり大通りのタクシーを止めた。
「すいません、総合公園に向かってもらえますか?」
あまり慣れていないせいか運転手は少し困った様に言った。
「今の時間からいくのですか?」
「そうなんです、ちょっと知り合いが……」
「わかりました」
運転手はそう言って、夜の道を走り出す。大通りの光が通り過ぎ、路地に入ると夜の住宅地にポツポツと明かりがみえた。
「この時間に公園に行くなんてなんかワクワクするな!」
修二は何処か楽しそうにそう言った。正直俺もナルタナが見つかっていると知っているから分からないでもない。
路地を抜けると真っ暗な中に幾つかの街灯が光る公園に着いた。
「すいません、ありがとうございます!」
俺たちはそう言ってタクシーを降りた。公園は広く、体育館もある運動公園と言った様な所だ。YOUさんはどうやってこんな所に居るのがわかったのだろうと思う。
中に入って行くと聞き覚えのある声が微かに聞こえてくる。
「この声……ナルタナちゃんだろ?」
「そうだと思う」
「歌っているのか?」
なぜこんな所に来て歌っているのかはよくわからないが、とりあえず彼女がいる事は確かな様だ。
声に導かれ、俺たちは彼女を見つける事が出来た。だが、予想とは違い周りに人が沢山いる。少しづつ近づいて行くと声を掛けられる。
「おう、やっと来たか」
「YOUさん……ありがとうございます」
「まぁ、見てみろよ?」
そう言った目線の先には歌うナルタナと、周りの人は……ホームレス?
「普段、音楽をみんなに知って貰いたいとか、エンターテインメントとして楽しんで貰いたいとか思っているけどさ」
「ああ、確かに音楽の考え方自体が違うかもしれないですね……」
ナルタナは、集まった人達に向け歌っていた。どれくらい歌っていたのだろうか? そう思った矢先、曲が終わると彼女は集まっている人達それぞれに語りかけていた。
「YOUさん、俺たちってなんで音楽やっているんですかね?」
「そりゃ、楽しむ為。いや、楽しんで飯を食って行けるようになる為かな?」
「ナルタナは、もしかしたら……」
「いや、もしかしなくてもだろ。棚子は文字通り救う為にやって居るんだろうな」
そうやって見ていると修二の姿が無い。ナルタナの方を見ると修二は周りの人に混ざる様に彼女に話しかけていた。
「ナルタナちゃん!」
「修二さん、どうしたんですか?」
「いやいや、"どうしたんですか?"はこっちのセリフだよ!」
それを見て、俺もナルタナの方に歩いた。
「もう、留守番しててって言ったのに……」
「ごめんなさい……もう帰りますので」
別に怒る気持ちは無かった。ただ心配したのを伝えておきたかったから言っただけ。
ナルタナは集まった人に話し終え、挨拶すると、その場を後にした。
帰り道俺たち4人は歩いて帰る。1時間位はかかるかもしれない。けれど、なんとなくそうしたかった。
「なんであそこで歌ってたんだ?」
俺はタイミングを見てナルタナに聞いた。
「お昼過ぎ位に、パンを買いに行こうと思ったんです……」
「そういえば昼飯は用意してなかったな。」
そう言うと、YOUさんは背中を叩いた。
「痛っ……」
「原因はお前じゃねーか!」
「まあまあ、でもなんでナルタナちゃんは帰らなかったんだ?」
修二も知りたかったのか聞いた。
「途中、反対側の道路でお爺さんなつまづいていたので、助けようとして……」
なるほど、助けに行った。俺は反対車線の人に躊躇なく助けに行けるナルタナを素直に凄いと思う。
「……反対側にいくと、お爺さんは空き缶を集めていたんです。それに家もないと……」
日本ではよくある風景だと思う。そうやって生活している人が居るのはもちろん知っている。
「こんなに豊かな世界で、家がなく生活するのが厳しい人がいたのです。だから……私に出来る事はないかと思いまして」
「それで歌を?」
「はい! 色々と必要な物を買ってから、少しでも私の歌で癒されて貰えたらと思いまして」
「なるほどな……それぞれの考えは尊重するつもりだけど、棚子。俺の考えはやっぱり価値ある物には対価が必要だと思っている」
「対価、お金ですか?」
「そう、お金はそれぞれ何かしらの苦労をして稼いで来ているわけだ。それを使って見に来て貰う以上本気でやらないといけない」
「その、YOUさんの言う対価はお金で無いとダメなのでしょうか?」
「まぁ対価としてはなんでもいいかもしれないが、飯を食って行く以上はな……」
「そうですか……人々の心が豊かになれば、それは私にとっての充分な対価です」
「でもそれじゃ飯は食えないのだが、棚子はどうする?」
「お金は……持って居る人が渡してくれると思います……」
意見や考え方の違いはある。それは価値観や思想からもすれ違うものなのだろう。
「尊重すると言ったのに悪いな……」
YOUさんはそう言って何か考えている様に見えた。夜も遅くなっていることもあり、この日は途中でそれぞれ帰り道に別れた。
ナルタナと2人になった所で聞いた。
「ナルタナが居た世界ではよくこんな感じで歌っていたのか?」
「はい。それがわたしの使命なので」
「そっか……」
春先の夜中の気温は寒くパーカーを着ている程度では寒かった。長い間外に居たナルタナはもっと寒いだろうと思う。
俺はそっと後ろから半分だけ顔を出す手をそれぞれの手を掴んだ。
「奏さん? どうしたんですか?」
「いや、寒いんじゃないかと思ってさ」
電車ごっこの様な形で歩くのは俺に少し照れがあったからかもしれない。この時掴んだ彼女の手が少しづつ暖かくなるのがわかり、どこか安心した気分になった。
「これからさ、バンドして行く訳だけどナルタナはあまり良く思っていない?」
「いえ、音楽家は音楽を奏でて生活しているので、問題ないですよ? ただ……」
「ただ?」
「わたしは、困っている人には自分の出来ることはしたいと思います……」
「優しいんだな」
「そうする事でしか自分の価値を見つけて来てはいないので……これは自分の為なんです」
そう言っているナルタナも、YOUさんの様に何か考えている様だった。そんな中俺は少しだけ今日の出来事を特別な物だと感じて、YOUさんやナルタナの事が見えた気がした。
今日も最後までありがとうございます!
まだまだ続きますのでよろしくお願いします!