聖女のお仕事
スタジオからの帰り道、ナルタナの雰囲気が少し柔らかくなっている様に感じていた。異世界人とはいえ、この子は歌うのが好きなのだと思う。
「今日はどうだった?」
「楽しかったです……それと、皆さんいい人達ですよね……」
「そうかなぁ?」
「その、素直に話せたり気を使ったり出来るというか、とにかくバランスが取れてますよね」
「まぁ、ナルタナがいいと思ってくれたならそれでいいや」
彼女は"聖堂から来た"と言っていた。だからもしかしたら人を見る感覚は違うのかも知れない。
「それにしても、会員証の成宮棚子は笑ったなぁ」
「修二さん、咄嗟に書いてましたね……」
「あいつはさぁ、昔からそうなんだよね。要領がいいと言うか、機転が効くというか、とにかく器用なんだよ」
「それでも、気を使わない様に気を遣ってくれているのがわかります」
「そっか……」
ナルタナはこうしてみると少し派手な普通の女の子に見える。でも……ここに来る前は全く違う世界でそこでの生活があったんだよなぁ。
「あのさ、ナルタナは元の世界ではどんな感じだったんだ?」
興味本位で、聞いてみた。漫画やアニメ、ゲームなんかでもある程度イメージは出来た。だけど、実際彼女はそれらから出てきたわけではない。
「そうですね……町の人々に祈りを捧げていた。と言えば何となくイメージ出来ますか?」
「うーん。それなりには……でもなんで?」
「みなさんは迷っているので、答えを出せる様にしているのです」
俺は"祈り"と聞いて、町の人の代わりにお願い事をするのだと思っていた。御百度参りまではいかないけど、似たような形で何かしているのだと。
「そんなに迷っているんだな……」
「はい……わたし達の世界は、この世界ほど自由は無いので生まれた時点で何をするのかが決まっています」
「大工の子は大工になるみたいな?」
「はい、後を継ぐか違う物を売るか、傭兵や冒険者になるくらいしか選択肢が無いので……」
「なるほどなぁ……でもこんな事言うのもあれなんだけど、祈って何か変わるのか?」
俺は宗教的なもの奇跡を見せられてもハマったり縋ったりする気持ちがよくわからなかった。なぜなら正直意味が無いと思って居たからだ。
これをナルタナに伝えるのは酷な話なのかも知れない。だけど純粋に聞いてみたいと思った。
「奏さんには、夢や目標はありますか?」
「まぁ……バンドで売れたいとか……」
「それなら、売れた後は?」
「もっと売れたいかな……」
「そしたら、世界で1番売れる、もしくは自分のするべき事をやり切った後は? 何か新しい目標や理由が欲しいと思いませんか?」
売れた後……確かに俺は何がしたいのだろう。高級な服を買う、車、家……それにも限界がある。
「きっと、最後には幸や愛を求めると思います。でも、その曖昧なものはほとんどの人はよくわからないのです……」
その先を救う為にって事なのだろうか?
「確かによくわからないかもしれない」
「なのでわたしは、教えが必要な人には歌を、言葉が必要な人には言葉を、祈りが必要な人には祈りを捧げているのです」
ナルタナの言葉の説得力に、俺は言葉を失った。彼女は本物の聖女なのだ。宗教感の薄いこの国で育った俺でもなんとなく理解が出来た。
それが、容易に調べる事が出来ない国ならどれほどありがたいのかは予想すら出来ない。
「なるほど……」
そう、言うしか出来なかった。修二やYOUさんならもっと別の理解が出来たのだろうか……。
どうでもいい事かもしれないが、彼女にこんなカジュアルな格好をさせていていいのだろうかと思った。
家に帰る途中、昨日服を買った店によると今度はナルタナ似たような服を選び家に帰った。家に着くと適当に晩ご飯を作るおれにナルタナは言った。
「奏さん、ヘッドホン借りていいですか?」
「"メルト"か………いいよ?」
多分、次のスタジオまでに練習しておきたいのだろうとヘッドホンを渡して、音楽プレーヤーの使い方を教える。
チャーハンを炒め始めると、彼女は黙々とメルトを聞いていた。
「ナルタナ?」
「……」
シャカシャカと"メルト"が微かに聞こえ、無視しているわけじゃ無いのが分かる。
俺も練習しないといけないな……。
殺風景な俺の部屋は聖女の姿に彩られている様にみえ、体育座りでヘッドホンを聴くナルタナが不思議と絵の様に見えた。
チャーハンを作り終え、火を消したタイミングで修二から電話がかかってきた。
「奏? 今電話しても大丈夫か?」
「ああ、丁度晩ご飯作り終えたところだよ」
「ナルタナちゃんいるんだろ、大丈夫かよ?」
「彼女は、曲を覚えてるみたいだよ」
修二はナルタナを心配してかけてきたのだろうか?
「あのさ……お前んちに住んでるんだよな?」
「そうだよ?」
「そっかぁ、羨ましいなぁ」
確かに彼女は美人だけど、神聖な雰囲気というか親近感があまり無いからなのかそういう事をまったく考えていなかった。
「まぁ、いいんだけどさ。あの子ちゃんと見といてやれよな。多分だけど、結構大変だと思うんだよ」
「そうだな、俺たちとは違う世界の人間だからなぁ……」
そのままの意味でもあるが、感覚が違うという意味も含む様に言う。
「そうでもないと思うぞ?」
「そうか?」
「まぁ、YOUさんとも上手くやれそうだし、フォローしてやってくれよ」
「修二の彼女みたいな口ぶりだなぁ」
「ほう? いいのか?」
修二はそう言ったものの、彼女の事が心配だっただけなのだろう。チャーハンを机に置くと、ナルタナは少し苦しそうな顔をしている。
「ナルタナ?」
呼びかけても気づかない彼女に、俺はヘッドホンを外した。
「ナルタナ?」
「えっ? はいっ」
「大丈夫か? 飯、出来たんだけど」
「……あ、ありがとうございます」
「体調悪いなら言ってくれよ?」
そう言うと、ナルタナはコクリと頷いた。彼女にスプーンを渡し、チャーハンを食べ始める。その姿をみて、彼女はそっと目を閉じて何かを呟いてから食べ始めた。
「美味しい!」
「だろ? チャーハンには自信があるんだよ」
「この世界の名物なのですか?」
「うーん……一人暮らしの鉄板料理かな?」
ナルタナは理解している様な気もしたが、自然と見せた彼女の笑顔はかわいいと素直に思った。
床に置かれたヘッドホンから音が漏れている。俺はプレーヤーを止めようとすると音量が最大まで上げられているのに気付いた。
「ナルタナ、もしかして音量に慣れる為に?」
「はい、もうご迷惑はおかけしません」
「そっか……結構気にしていたんだな」
「"この世界のルールに従え"です!」
「なるほど……」
ふと、スマートフォンを見ると予定表の通知が来ていた。通知内容をみて思い出した。
「あ、ナルタナ……俺明日バイトなんだけど」
「バイトですか?」
「そう、簡単に言えば仕事に行くから留守番していて欲しい……まぁ外に出てもいいけど何があるか分からないからさ……」
そう彼女に伝えると、修二の言葉を思い出し留守番をさせる事が少し不安になった。
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