聖女は異世界人
「ちょっと待って……今、転移してきたよな?」
「転移を見るのは初めてですか?」
そういうと、また笑顔で俺を見つめる。彼女は俺が迎えに来たのだと信じているみたいだ。
「その赤い髪、ミクリヤ族の方ですよね?」
「ミクリヤ族? まぁ、苗字は御厨だけど……」
「良かった。わたし、ナルタナ・フィオリ・ナ・シスターニャと言いまして、シスターニャ聖堂から来ました!」
「いやいや、来ましたって言われても……」
彼女は、俺の反応を見るなり不思議そうな顔をすると小さく囁いた。
「あの……神託を受けましたよね?」
「神託? なにそれ?」
「ええっ!? それで迎えに来て下さったのではないのですか?」
迎えに来たというか、ボーカルを勧誘しに来たのだけど彼女の言う神託という物がよくわからない。
「いや……夢でみてたまたま来ただけなんだけど……」
「それです、それ! それが神託です!」
予知夢が神託? 嘘だろ? だけど予知夢を信じて神託を信じないのも変な話だとは思う。
「えっとそれで、ナルターニャさんは……」
「ナルタナ・フィオリ・ナ・シスターニャです!」
「ちょっと覚えられそうも無いのでナルタナさんでいいかな?」
「はい、ナルタナとお呼びください!」
「それでナルタナさんは何しに来たんですか?」
「それは……」
そう言うと彼女は経緯を話してくれた。
彼女の世界では聖堂と呼ばれる教会みたいな施設があり、そこで聖女や聖人と呼ばれる力を持った人がいるのだという。
その聖女と呼ばれる人が自分の能力を覚醒させるために異世界に修行をしにいくのだとか……。
「修業? それならなんで俺?」
「わたしの力は歌の力。あなたは歌の力を覚醒させる事が出来ると神がお選びになられたのです」
「か、神っすか……」
「はい!」
なんとも怪しさしか無い話しなのだけど、現に俺はその"歌の力"を求めている。その点に関しては辻褄は合っている。
「あの、ナルタナさん」
「ナルタナでかまいませんよ?」
「それじゃ、ナルタナ。もう一度歌ってもらえるかな?」
ナルタナはコクリと頷くと、大きく息を吸ってから優しく歌い始めた。
さっきの声……やはり共感覚の様に光が見える。
まるで声を重ねたような歌声は周りの空気を彩り、その魅力に惹き込んだ。
充分覚醒してるんじゃ……でも、これならきっとYOUさんもいいと言うだろう。
「あのさ、ナルタナはこれからどうするんだ?」
そう尋ねると歌を止め、少し恥ずかしそうに言う。
「出来ればミクリヤさんのお世話になりたいのですが、ご迷惑ですよね?」
「あー、奏。俺の事は奏って呼んでくれよ」
「奏さん……」
「そう! 俺は別にいいけど、駆け出しのバンドだからいい暮らしはしてないけど?」
「構いません、修業の身なのでわたしに出来る事はさせて頂きます!」
ナルタナは悪い子では無さそうだし、ボーカルとして入ってくれるなら問題無いかなと思った。でも、どうやって修二やYOUさんに説明しようか……。
そんな事を考えながら、ナルタナを連れて公園を出る。街が見えると、やはり異世界人だからか車や信号などこの世界のあらゆる物が気になる様だ。
「そう言えばさ、ナルタナは異世界人だからお金とか持ってないよな?」
「はい……ですが、道具屋に寄って頂ければ当面の生活には困らないと思います!」
彼女はポーチから綺麗な宝石の様な物を取り出すと俺にみせる。
「これは?」
「これは、精霊石です。 魔力を込めると精霊を呼び出す事のできる貴重な石なのでこちらを売れば当面の生活費程度でしたら大丈夫だと思います」
精霊? 魔力? 俺は頭をフル回転させる。
「……」
「どうかされましたか?」
「それ、多分この世界じゃそれ……売れないと思う……」
ナルタナは、顔を青くする。
「そんな……この石の力をわかって貰えればきっと売れるはずです!」
彼女は大きな目をパチクリさせると、足を止めた。
「ナルタナ、残念だけど俺たちの世界では今ある既存の物からしか価値を測れないんだ……」
多分ナルタナの石は想像も出来ない事が出来るのだろう。でも、この世界で彼女しか使えない。場合によっては考えられる買取店で1円にだってならないただの綺麗な石だろう。
「とりあえずはさ、俺がだすからお金の事はゆっくり考えて行こう」
「ごめんなさい……」
不安そうな顔をしているナルタナを地下鉄に乗せ、家の近くの駅まで向かう。流石にこの見た目は目立つのだけど、多分コスプレのレイヤーさんだと思われていると思う。
ナルタナは、帰り道色々な物に興味を示している様子だったが、特には何も言わなかった。
駅を出て家に向かう途中、ナルタナの服が気になる。異世界から来たって事は、着替えとか持っているわけないよな?
女の子の服一式揃えるのは幾らくらいかかるのだろうか?
「ナルタナ、ちょっとこの店寄っていかないか?」
「この店ですか? 服……この格好はやはり目立ちすぎますよね……」
ナルタナを連れファストファッションの店に入る。ここなら最悪カードを切れば買えるだろう。
「えっと、Tシャツとパーカー、後はこのショートパンツなんかどうだ?」
「あの……足をだすのは……」
「マジか……そしたらレギンスとか履いておく? ちょっとサイズを合わしてみてくれないか?」
俺は適当に服を選び、試着室に彼女を押し込んだ。
しばらくしてナルタナがカーテンを少し開いて声をかけて来る。
「これでいいのでしょうか?」
そう言って現れた彼女はカジュアルな雰囲気……ではなかったのでキャップと靴下とスリッポンも合わせて買う事にした。
安い店とは言え、2万円近くした。フリーターのバンドマンにはかなり痛い出費になるのは間違いない。だが、それでボーカルが手に入るなら安いものだと自分に言い聞かせた。
マンションに近づくに連れ、気軽に呼んだ事を少し後悔し始める。俺の部屋は2DKで機材の部屋が6畳とベッドのある6畳にキッチンのある8畳ほどのダイニングが別にある家賃6万の安価な部屋。正直一人暮らしで不自由を感じた事は無い。
部屋が分かれているのが救いだが、彼女でも無い女の子と同居出来るのか? と思う。
「ナルタナはさ、俺んちに住むんだよな?」
「やっぱりご迷惑でしょうか……?」
「いや、それはいいんだけど、どんな部屋かイメージ出来てるのかなって……」
「寝床が有れば問題ありませんので……」
寝床か……まぁ、修二が泊まりに来た時はソファーに布団で寝ているから寝れなくは無いけどな。ただ、ナルタナの会ったばかりとは少し違う業務的な雰囲気を出し始めたのをあまり良くは思わなかった。
家に着くと、彼女をダイニングのソファーに座らせてベースを部屋に置きにいく。ナルタナは部屋について特に何も言ってこず、ソファーの側に元々着ていた服を置いた。
多分、俺たちは全く別の方向から同じ事を考えていると思う。
"思っていたのと違う"
きっと彼女もそう考えているに違いない。俺はソファーには座らずに床に座った。修二は今頃、バイトを頑張っているのだろう、YOUさんもカラオケを終え機嫌が悪くなっているのかも知れない。
まさか俺が、夢の歌姫と気まずい雰囲気になっているなんて2人とも全く思っていないだろうな。
沈黙の中、嫉妬にも似たような感情が湧き出る。
聖堂の聖女で覚醒予定の能力持ち。さぞ一般人とはかけ離れた様な生活なんだろうな……。
本来ならあの精霊石で不自由無く、快適な生活が送れたのだろう。
あの衣装も高そうだし、安い服も気に入らないのだろう、家も狭いにも程があるとか……。
何より、それを言わないナルタナに腹が立つ。綺麗な顔も何処か気取っている様にもみえた。
すると、ナルタナは意外にも小さく言った。
「ごめんなさい……」
そう言ったナルタナは、震えている様にもみえ、頭を整理しながら返す。
「急にどうした?」
「だって、色々してもらっているのにわたしは何も出来ていないので」
彼女の目は今にも泣きそうに見える。それは想像していた彼女とかけ離れている様に思え、自分が嫌になった。
「俺もごめん、なんかうまくいかねえよな」
「うん……」
「ナルタナは、もしかして換金出来なかった事を気にしてるのか?」
彼女はゆっくり頷く。思い過ごしだったみたいでおれはそれまで考えた事が馬鹿らしくなって笑えてきた。
「なんだよ、それで気を使っているのか?」
「だって、いきなり来たのにお金もないとか迷惑でしか無いじゃないですか!」
彼女はもっとシンプルに落ち込んでいる。そう、気づくと親近感が沸いた。
俺は腰を上げ、彼女を見てニヤリと笑う。
「それじゃあ、働いてもらいましょうか?」
「えっ……いや……」
彼女は顔を赤くし、目が泳ぐのを唇を噛んで動揺を押さえ込んでいる様にみえた。
「ちょっと、何か勘違いしてない?」
「えっと、そう言う事じゃ無いのですか?」
「そう言う事って、ナルタナは何しに来たんだよ」
「わたしは、歌を……」
彼女は何かに気づいた様にハッとしたような顔をした。
「そう、歌だよな?」
「はいっ!」
「俺はバンドで歌う奴を探している。ナルタナは……覚醒? はよくわからないけど、とりあえず歌う場所を探しているって事だろ?」
ナルタナは、迷子の子が親を見つけた様な表情になると大きく二回頷いた。
「それなら、うちでボーカルをしてもらう為にも曲を覚えて貰わないとな!」
そう言うと部屋からアコースティックギターを持って来て、彼女にバンドの曲を弾いて見せた。
「こんな感じの曲なんだけど……どう?」
「うーん。今まで聞いた事が無い感じの歌ですね」
「いい感じ?」
「……多分。でも、悲しい雰囲気の曲」
「この曲はオルタナディブロックを意識して作ってみたんだ……って言ってもわからないか」
「どこか、わたしの名前と似てますね!」
「オルタナ、ナルタナ……確かに!」
俺がそう言うと、彼女はアカペラで歌い始めていた。昼間の公園とは違う雰囲気で、改めて彼女の凄さを思い知る。
これで、俺たちのバンドは完成する。そう確信するには充分だった。
最後までありがとうございます!
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