森の中の聖女の予知夢
新しく初めました!よろしくお願いします!
俺は時々予知夢をみる。
自分で強く願って居るからなのか、それとも本当に超能力の様な力が有るのかは分からない。
この日もバンドのボーカルを探しているからなのだろうか? 俺は夢の中で歌を聞いた。
森の中で聖女の様な女の子が歌っていた。
その子の姿や声は思い出す事は出来ないのだけど、"すごい"と感じた事は覚えている。そんな夢だった。
今日見た夢が必ずしもそうとは限らないけれど、きっと予知夢なのだと思う。そんな確信めいた自信が何故かあった。
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その日、スタジオでの練習を終えると、俺はバンドメンバーにその事を話した。
「森の中で歌姫の夢?」
「歌姫じゃ無くて聖女なんだけど?」
「まぁ、どっちも似たようなもんじゃない? 俺は奏の予知夢を信じてなくは無いけどさぁ〜?」
バンド練習の後、スタジオのロビーに幼なじみでギターの修二の声が響く。俺は少し苦笑いでドラムのYOUさんを見る。
「予知夢? なんだよそれ?」
スマートフォンを弄りながら、YOUさんは俺に目を向けた。
「時々現実に起こる夢を見るんですよ」
「ふうん、それで?」
「今回もボーカルが見つかる夢なんじゃ無いかって……」
「はぁ? 予知夢なんて物にすがってねぇで、サイトとかライブとか色々やる事あるだろ?」
「まぁ、そうなんですけど……」
「そもそも森に聖女ってお前、山にボーカル探しに行くとか言ったら殺すぞ?」
YOUさんは少し怖いけど、実力派ドラマー。3PAINというインディーズバンドのドラマーで2つ歳上の先輩。俺たちのバンドに入る為に今月で今のバンドを抜ける事になっていた。
「まあまあ、YOUさん、そうは言っても奏の予知夢って結構当たるんすよ?」
修二がそう言うと、YOUさんは青い髪を後ろに流し少し興味があるのかスマートフォンを机に置いて意識を俺たちに向けた。
「そうなのか? 例えば何が当たったんだ?」
「まぁ、自分が知ってるのは奏のベースっすかね?」
「ああ、そのスティングレイか……」
「入荷する夢見たって言ってたからついて行ったんすよ」
「それで?」
「なんと、その時奏が持っていた12万ギリギリで入荷したんすよ」
事実なのだが、決定打に欠けると思ったのか、修二は俺の方をチラリと見る。すると、それに気づいたのかYOUさんは目を細めて言った。
「いやいや、それたまたま入荷したベース買っただけだろ?」
「まぁ……そうなんすけど……あ、でもいいベースっすよ?」
「ふうん。まあ、とりあえずボーカルが見つかりゃ文句ねぇよ……とりあえず俺はこの後メンボで見つけたボーカルの奴とカラオケ行ってくるわ……」
「その人、良さそうなんすか?」
「……バンドの経験はあるみたいだけど、声聞く限り微妙だなぁ……」
そう言うとYOUさんは、コーヒーを飲んだ後にスタジオを出て行った。夢については修二がフォローしてくれてなんとなくあやふやになった。だが、未だ活動の目処が立たない事にイライラして焦っているのは感じる。
早くどうにかしないと……。
「まぁ、俺は予知夢に期待しているからさ……YOUさんも別で探してくれてるし、とりあえずいいボーカル見つけようぜ?」
そう言って俺たちも、機材を持つとスタジオを出た。
「ああは言ってるけど、YOUさんなんだかんだで俺等の事認めてくれてるからな?」
「あの人が本気だからなのはわかってる」
「ならいいんだけどな! それで、奏はこの後どうするんだよ?」
「それだよな。予知夢に従うべきか、新しいメンバー募集サイトに投稿するべきか……」
「いやいや奏、お前本気で山とか行ったらマジでYOUさんに殺されるぞ?」
「ああ……だろうね……流石に行かないよ」
「まぁ、大人しくサイトで募集しろって!」
「とりあえずそれはするよ」
スタジオのある街中を抜け、駅に向かう。少し落ち着いた雰囲気の街並みになると回りの目線が目に入る。YOUさんに言われ、赤く染めた髪に太いピアスは目を引くのだろう。
「やっぱり街中抜けるとその髪色目立つよな?」
「まぁ……YOUさんが言う"目立ってなんぼ"というのも一理あるし、それでも修二は上手く躱したよな……」
「まぁ、おれはあんまり派手な事が出来ないバイトでも有るし、赤いのと青いのがいるなら黒は逆に目立つだろ?」
「それが咄嗟に切返して出るのがすごいと思う」
「まぁ、俺は天才だからな?」
「器用貧乏の間違いだろ?」
「うるせーな……」
そう呟いた修二は、ふと何かを見つけたように言葉を詰まらせた。
「なぁ、奏……森……あったぞ?」
「森?」
「そうだよ、森だよ! 緑地公園!」
修二が見ていたのは地下鉄の路線図だった。確かに緑地公園には草原も生茂る木もある……。もしかして森に見えた景色はこの場所なのかも知れない。
「なぁ、ダメ元で行ってみろよ?」
「まぁ、空いてるからいいけど、修二は?」
「俺は今からバイトだよ……」
「あー、そっか……それはしかたないな」
「緑地公園位なら1人でもスマホで募集しながらいけるだろ?」
「確かに……とりあえず行くだけ行ってみるかな」
こうして、俺は修二と別れ、まさにダメ元で緑地公園に向かう事にした。
「ベース……一回家に置いてくれば良かったかな……」
肩に食い込むベースの重さに耐えられず、俺は車内で椅子に座る。公園が近づくにつれ、乗客はほとんど居なくなっていった。
駅に着くと、普段の駅とは違いポツポツと人が座っているだけだった。平日昼間の郊外の駅なんてそんなものなのかもしれないと思う。
メンバー募集のサイトを開いている画面を閉じてマップを開く。検索するのは勿論"緑地公園"。公園に行くなんて何年ぶりだろうか? と思う。
公園の入り口には5分程で着いた。普通の公園とは違いとにかく広い。俺の場違いな格好が余計に浮いている様に感じ、ナイロンジャケットのフードを被る。
「ここで歌っている人を探せばいいんだよな?」
そう呟きながら、奥へ奥へと進んで行く。ランニングや散歩をしている人が見えなくなると、周りが木に囲まれた所に着く。この辺りになると道は舗装されておらず、まさに山道。都会の外れにこんな所が有るとは正直思わなかった。
だが……ボーカルを探しに来ているのだが、そもそも人が居ない。夢を信じて来たもののYOUさんの言葉を思い出す。
「普通に考えたらそりゃ怒るよなぁ……」
周りは自然が溢れ清々しいほどに、空気が澄んでいる。街の中とは違うマイナスイオンが出ている様な感じが心地よかった。
緑色と昼下がりの空に、俺は休憩も兼ねてベンチに寝転がる。すると、心地よい葉の擦れる音や水の音がしていた事に気付く。
しばらくすると、それらの自然の音の中に透き通る様なそれでいて芯のある声が微かに聞こえて来る。
歌? いやいやまさか……。
ベンチから起き上がり、その微かな歌声がする方に耳を澄ませる。間違いない、誰かが歌っている。
声が大きくなる方向へ歩いていく。自然とその足はベースの重さも忘れ駆ける様に走りだし、歌声の元らしき影が見える。近づくと歌声のする方に優しく光が舞っているのが見えた。
「な、なんだよこれ……」
今までに聞いた事の無いメロディ。その光はまるで歌に合わせて踊る様に歌声の周りを彩っている。
「これってまさか共感覚?」
音楽が視覚的に見える事があると聞いた事がある。目の前に見える光は音楽が視覚として見えているのだろう。
俺は更にその光に近づくと、光の中から銀色の髪の女の子が現れた。
民族や宗教の衣装だろうか? コスプレにも見える様な不思議な格好にハーフの様な色白の顔をしている。
まさに夢に出てきた"聖女"だった。
更に近づくと、彼女は歌を止め俺の方を向いた。
だが、俺は目的を忘れてしまうほど見惚れ、声を掛けられなかった。
彼女はゆっくりと長い袖と綺麗なスカートを揺らしこちらに来ると優しく今にも世界でも救いそうな笑顔を見せると静かに言った。
「わたしを迎えに来てくださったのですね?」