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コミュ症作家の恋日記  作者: ディーノ
【第一章 神の哀れみ】
1/4

一日目 コミュ症のお仕事

ここに記してあることは全て真実であり、俺の本当の気持ちである。

例えば記憶喪失になったとしても、落書きだとか思ったりしてはいけない。

きっとこういうのって黒歴史になって記憶の底に沈むのがオチなんだろうけど、きっとこの日記が役に立つときが来るはずだ。

それまではどんな些細なことでも書き留めておくこと。

「日付:6/16/18:27 古泉悠兎(こいずみゆうと)さん、私もあなたが好きです。こんな私でよければ、お付き合いしてください」


 これはコミュ症の俺が日々経験したことを記すためのただの日記帳。になるはずだった。あんなことが起こるまでは――。




「コミュ症作家の恋日記」




 ……うっとおしい。

 全ての空気を最適に暖める太陽も、そっと俺の頬を撫でるそよ風も、チラチラと視界で舞いやがった末に俺の額に止まる蝶も、全てがうっとおしい。

 まぁ別にどうでもいいことではあるが、誰かがこの陽気な空気を陰気に変え、カラッとしたそよ風を生温かい風に変え、この俺の眼前で舞い散る蝶を殺してくれる人が現れようものならば、俺はその人を一生崇め奉らねばなるまい……。

 そんなことを考えていると本当に太陽は雲に覆われ、さっきまで吹いていた風は止み、うっとおしい蝶もどこかへ行ってしまったではないか。

 これはもしやと思い辺りを見回すが人一人見付かる様子はない。

 それもそうか。こんな河川敷の石階段なんかに近付く変わり者が俺以外にいるはずもないよな。

 現実思考に戻り左腕に巻き付けた時計を見てみると、針が丁度4時30分を指していた。

 そろそろ家に戻るか。そう心の中で呟きつつ、冷たい石の上で休ませていた上半身を起き上がらせる。次いで左腕で体を支えながら下半身を起き上がらせ、身体についている砂利を振り払う。

 石階段を登った末に見える俺の自転車は、どうやら俺が寝そべっている間ずっと健気に待っていてくれたらしい。お礼というものを言うべきだな。


「ありがとう」


 三時間ぶりの発声が「ありがとう」とは、俺も中々の真人間ではないか。そんなことを考えつつ、俺はサドルに股がりスタンドを外すのとほぼ同時にペダルをこぎ出す。


 古泉悠兎(こいずみゆうと)、これが俺に与えられた名前だ。

 性別はもちろん男。

 別に前世を終えたときに女神様からチート能力を授かって現世で無双しているわけでもなく、平和の裏側でひしめく悪意を異能力で成敗しているわけでもない、ごくごく普通の中2である。

 一般的な中2と変わっている点といえば、茨城の笠間という町に産み落とされて以来一度もこの町を出たことがないくらいか。

 理由なんぞ至って簡単だ。俺は人と話すという行為が面倒極まりないと考えているからである。

 そんなこんなで、人は俺をコミュ症という。いわゆるコミュニケーション障害とはまた違い、口下手な人や無口な人に軽々しく使う言葉らしい。無論、俺にとってはどうでもいいことだが。


 さて、俺はここまで交通事故や犯罪に巻き込まれることなく無事に我が家の玄関先に辿り着いてしまったわけだが、これまたどうやって中に入ろうものか。最低限の会話で廊下を駆け抜け、我が憩いの場へ行くには……。


「ただいま」



 俺は返事が帰ってこないことを祈りながら靴を脱ぐが、無情にもその思いは御神(みかみ)のもとへ届かなかったようだ。


「「おかえりー」」


 残念なことに、こうなってしまっては無視して二階へ行くことは出来ない。一瞬だけ顔を見せるとするか。


「ただいま」


 玄関から入ったすぐ右の引戸を開けると、妹がアニメを見て母が左奥の台所で夕食を作っていた。


「おかえりー、お兄ちゃんどこ行ってたの?」


「散歩」


「もうすぐご飯できるよ」


「あぁ」


 妹と母のそれぞれ一回ずつと会話するのは不本意ながら想定内だ。

 そして今度こそ俺は誰にも邪魔されることなく二階への階段を登る。


「やっと一人になれたか……」


 長くの時を経てようやく扉を開いたここが俺の部屋だ。

 この部屋の単純な広さは四畳半と妹の部屋より半畳多い。右半分はシングルベッドが、左奥は勉強机と本棚が、左手前はタンスとクローゼットが占領しているが、ふたつも窓があることで抜群の解放感を放っている。

 またこの部屋は家の東側であるため、朝早く起きれば美しいサンセットを観賞することができる。これを見ながら宿題を片付けるのが我流の勉強法だ。

 さて久方ぶりの我が憩いの場でくつろぐのも良いが、そろそろ本気で「仕事」を始めねばなるまい。さっきまで人気の一切ない河川敷で寝そべっていたのは、それが(はかど)るようにと思っての行動だったのだから。

 俺はベッドの下部に備えられている引き出しを引き、中から黒のノートパソコンを取り出す。

 電源を入れ、パスワードを入力し、ログインすると即座にインターネットを立ち上げる。

 表示された画面はネット小説の投稿サイトだった。

 そうか、一般的な中2と変わっている点は「コミュ症」なだけではなかったな。

 俺は「コミュ症」でありながら、「作家」なのだ。

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