『器』
「人間とは不便なものだな。カナタ、妹のテヘナの背中に乗るがいい。それからわたしのことはテヘロと呼ぶがいい。かつて人間からもらった名前だ。」
子馬に導かれ出会った白馬は、ゼノを背中に乗せて黄金色の砂山を歩んだ。すぐ後ろをテヘロの妹の黒馬テヘナに乗ったカナタがついていく。見渡す限りの砂の中を二頭の馬は力強く進む。
「かつて馬と人は同じ獣の力を分けあたえられたという。だから両者は仲がよいのだ。」
ゼノは時々カナタに古い伝承を教える。カナタはただそれを黙って聞いている。砂漠の中に点在するオアシスで休息をとりながら、植物たちの導きに従って進んだ。たまに、ラクダに乗った旅の商人たちに出会った。そんな時、テヘロは妹のテヘナを自分の体で隠すように歩いた。商人たちはアザ持ちの馬に乗るゼノとカナタを気味悪がった。ゼノは度々、商人たちに周辺の国の様子を尋ねいていた。
「神はかつて、大地の生きとし生けるものを統べるべく、5体の霊獣をお創りになられた。やがて彼らは力を欲し1つになった。恐れた神はその力と魂を地上の8部族に分け与えた。麒麟の俊足は馬族、その叡智は人族のものとなった。」
テヘロは彼らに伝わる伝承をカナタに教えた。
「馬族は砂漠の奥地、人の手の届かないところに置かれた。われわれは、そこでひっそりと暮らした。人族は森の中に置かれた。しかし、知恵のある人族は森を出て、街を築き、他の生き物の領地へと侵略を続けた。人族の中で唯一、額に模様のある人たちがいた。彼らは、森の中で暮らし続けた。しかし街の人々は、植物の声が聞こえる森に住む人を忌み嫌った。そして森の人々は街の人々に滅ぼされたと聞いた。この先はその老人に聞くがいい。」
テヘロは口を閉ざした。
「森の人々とは何ですか?」
カナタはゼノに恐る恐る尋ねた。
「こいつが教えたのか。もう教えてもよかろう。」
近くのオアシスの木陰に入ると、ゼノとカナタは馬を降りてわずかな草の上に座った。テヘロとテヘナは久々の休息に草を食んでいる。
「神が創った霊獣、麒麟の叡智を受け継いだ人たちの末裔だ。わしとお前の育ての両親は『器』と呼ばれるものたちを探していた。『器』は霊獣の力と魂の欠片を受け継ぐものだ。8つの動物に1体づつ。霊獣を復活させるために必要な存在だ。その復活を恐れたものたちが、森の人々を『器』ごと葬り去ろうとした。森の木々を切り倒し、家を焼き、額に模様があれば容赦なく殺した。わしらは死体の山のそばにいるお前を見つけた。額の模様は傷口に見えるように巧みに化粧で隠されていた。そのお陰で命だけは助かったのだろう。わしらはお前を連れて逃げた。森の人は、一人残らず死んだとされた。しかし、どこからかお前のことが漏れた。わしを見張っていたのだろう。お前を迎えにいくときに後をつけられたらしい。」
ゼノはそれ以上は語らなかった。