第三話
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「……………。」
「……あー…ごめんな?うちのコが…。」
「…いえ…。」
あの後、散々っぱら俺達の事をボロ糞に言ってきたチビッ子は、『あ、左遼様に頼まれてた案件を忘れてましたです。穀潰し、超凄変人紳士の事任せましたですよー。』などと俺と目の前の男性に止めを刺して部屋を小走りで出て行った。悪口が悪化しすぎて俺の名前がヤバイ。
「…さてまぁ、あの子も居なくなったし遅ればせながら自己紹介させてもらおうかな。俺の名前は鳳右遼 ( ほう うりょう ) 。この国、燈の赳将軍 ( きゅうしょうぐん ) を務めている人間だ。よろしく。」
「…自分は…濱松市立西第三高校二年…堀川大和と言います…。」
おいおいおいおい…待った待った待ったちょっと待て?燈?赳将軍?んな国も役職も聞いた事無ぇぞ?
「ハママツ?コーコー?…そんな地域、見た事も聞いた事もないな…。着てた服装からしてノイの人間かと思っていたんだが…。」
あ、駄目だコレ高校どころか市の名前からして通じてない。
「じゃあ、齢は?」
「え? 16 歳ですけど…。」
「……は?」
「え?」
「…おいおい、こちとら悪魔種に襲われて死に掛けてた所を助けてやったんだぞ?何でそんな嘘つくんだよ。」
「嘘って…そんな、嘘なんか吐いてませんよ。本当に、正真正銘 16 歳の高校生です。」
「あのなぁ…たった 16 なら、人間ならまだ歩けるようになったばっかの赤ん坊だぜ?お前はどう見たって 90 はいってるじゃねぇか」
………はい? 90 歳?
「いやいや、 90 歳なんか普通もうヨッボヨボで歯も抜けた爺さんじゃないですか。」
「はぁ?何言ってんだ?…妙だな。お前、まさかソフラの間者か?」
……え、何?俺がおかしいの?この人も嘘行ってる雰囲気じゃないしでも俺の見た目が 90 歳ってどういう事と言うより 16 で赤ん坊って一体何処を如何したらそうなんだよいやもしかしたら俺の年換算がおかしいだけで実際はこれが普通なのかいやいや美夜も亮介も俺と同い年だし一年は 365 日で一時間は 60 分だったしそれは間違いないって事はこの人がおかしいだけで俺は間違ってなくてでも何か俺が間違ってるっぽくてああああああああああああもおおおおおおおおおおおおお!!!!
……え、まさか…此処、所謂異世界?
いやいやいやいやいやいやいや。あり得ない、あり得ないって。え、何?したら俺はアレか?近道のために林道歩いてたら異世界に辿り着いていましたってか!?
何だよその超!!エキサイティンッ!!な…いや、全くエキサイティンッ!!じゃないしどっちかって言うとアメイジングな方だけどさ。や、待てこれはもしかしたら俺の夢かもしれない。そう、所謂白昼夢ってやつかもしれない可能性だってあるじゃないか!!何か痛いのも気のせい!そう! KI ☆ NO ☆ SE ☆ I なんだ!!そうと決まればこのカオスドリームから目を覚ま
「…おい、大丈夫か?死んだ魚みたいな目してるぞ?」
「…あ、はい。大丈夫ですよモンダイアリマセン…。」
「や、絶対大丈夫じゃないだろ…。」
お、落ち着け…冷静に考えてみろ堀川大和。異世界なんてある訳ないじゃないか。ゲームやラノベなんかじゃあるまいし。あはは、俺も馬鹿だなぁ。ちょっと考えれば分かるじゃないか。こんなんだから美夜にも呆れられるんだよ。は、はは…あはははははは……。
「……ぶはっ。」
「え?」
「あっはははははははは!!」
突然、右遼と名乗った男性が吹き出したかと思うと俺の顔を見て大笑いし始めた。何だろう。俺、そんなに面白い表情してたのか?
「あっははは…はぁー…。まぁ間者だったらまずこんな反応はしないしな。その面白ぇ顔に免じて出身と歳誤魔化してるのは大目に見てやろう。」
「……そりゃあ、どうも。」
…って、誤魔化すも何も濱松出身なのも歳が 16 なのも全部本当なんだけど。
「失礼します右遼将軍。」
「応、入んな。」
まるで男性が笑い終わるのを待っていたかのようにタイミング良く、ドアの向こうからノックがされて鳥っぽい羽みたいな腕をした男性が書類片手に入ってきた。
……だから異世界なんて無いんだってヴァ!!
「以前将軍が討伐に向かわれた悪魔種の残……其方の方は?」
木製のドアを押し開けて入ってきた男性が、訝しげに此方を見る。
「…俺の『食客』だ。」
「…そうですか。では、この者の前で報告をしても?」
「ああ、頼む。」
「将軍が幹径で討伐された悪魔種の残党ですが…。他の個体の痕跡は無く、あの場所にいたのはあの一体のみであると断定されました。」
「…何?なら、ソフラの召喚陣も無かったのか?」
「はい、それどころかあの近辺にソフラの支部すらありませんでした。」
「…俄かには信じがたいが…。」
「…ですが、それが調査の結果です。」
…駄目だ。報告とか何とか言ってたから耳傾けてみたけど知ってる単語が一つも出てこない。ディアブロって何だよソフラって何だよ…!日本語しゃべれよ…。
「……分かった、報告ご苦労。他には何かあるか?」
「玄武様がお呼びです。…すぐにでも向かわれた方が宜しいかと。随分とお待ちになっていらっしゃったようでしたよ。」
「それ先に言えよ…。おいヤマト…だっけ、行くぞ。」
「え?」
「話聞いてなかったのか?うちの陛下がお前を待ってる、立てるか?」
「え、ああ、はい…。」
……え、何?陛下?謁見的な事すんの?何で?
取り敢えず流されるまま右遼さんが立つのに倣い、俺も左腕を使ってベッドから降りる。その拍子にあのバケモノに噛まれた右肩の傷がズグリ、と痛んだ。そう言えばあの顛末からどれだけ経ったんだろうか。そんな事を考えながら鳥腕の男性が開けてくれたドアを潜ると、白い壁と赤い柱を基調とした廊下が目にうつる。そのまま右へ少し歩くと廊下はまるで橋のようになっており、部屋から見えた庭園の続きだろうか中学の頃修学旅行で見た枯山水のような景色が遠くに見える土壁の内側を覆っていた。
やがて、いくつかの部屋と廊下を通り過ぎると、赤鬼も真っ青になりそうなほど赤く塗られた巨大な塔が屋根と空との間に見え始めた。
「『大赤塔』。俺たちの住むここ燈の象徴であり、今からお前が会う玄武様のおわす居城でもある。どうだ?立派だろ。」
「え、ええ…。」
塔を見上げていると、ひどく悪戯っぽい笑顔で右遼さんは此方を振り返ってくる。余程この塔が自慢のようだ。ケバい、と言うよりは目に大変よろしくない色合いだと思うのは心の中に留めて置こう。
「将軍、『食客殿』、広間へ着きました。どうかお静かに。」
「…ああ。」
「あ、はい。」
その塔へと続いているのであろう一際大きな門に辿り着き、鳥腕の男性が門の方を向いたまま俺たちに声を掛けると、右遼さんは先ほどまでのおちゃらけた様子とは全く違う真剣な顔つきになった。
「赳将軍のおなりである!門を開けられよ!!」
男性の号令と共に真っ赤な門が内側にゆっくりと開いていく。
門が開ききる前に中へと入っていくと、門の中…いや正確には塔の中だろう。そこは外と同じく目によろしくない真紅と豪華絢爛な金で装飾されていた。道の両脇には様々な背格好の兵士が等間隔でキチンと立ち、俺たちはその真ん中をまたゆっくりと歩く。
少し歩き、左へ曲がる。今度の廊下は少し広く感じた。さらにその先に進み、突き当たった階段を上る。何度か同じように徐々に広い道へ階段へとを曲がって上ってを繰り返していると、やがて兵士を全く見かけない、今までとは違う雰囲気の廊下へと出た。
そして、階下でこの塔に入ったあの門よりも仰々しく飾り付けられた門の前まで来ると、
鳥腕の男性はこちらに向き直った。
「…此処が我が国『燈』の王、玄武のいらっしゃる王座です。後ほど玄武様直々にお呼びになられるか案内人が扉を開きますのでこのままお待ち下さい。『食客殿』、くれぐれも陛下に御無礼の無いようにお願い致しますね。…では、私はこれで。」
「おう、お疲れさん。」
スラスラと一息に言って、鳥腕の男性は右遼さんと俺に一礼すると、ついさっき自分達が上ってきた階段の方へと戻っていった。
すぐに男性の姿は見えなくなり、視覚的に煩い門の前で俺たちは物音一つ立てずに立ち尽くすことになった。
………………居辛い!!この沈黙は居辛いよ名も知らぬ鳥腕の人!!
「…あ、あの右遼さん?」
「ん?何だ、どした?」
「まだよく状況掴めてないんですけど、何で王様が俺なんかに会いたいんですか?」
「ああ、それか。理由としては簡単さ、さっき報告にあった幹径ってとこがあっただろ?」
「ええ。何でしたっけ…ディアブロ?か何かが現れたんですよね?で、右遼さんがそれを退治した。」
「そうそう。」
「一つ質問いいですか?」
「おう。」
「ディアブロとかソフラって、何ですか?」
「………はぁ?」
うおーう、年誤魔化して云々の時より怪訝な顔をしてらっしゃるぅ…。
「お前何言ってんだ、この星に生まれたなら俺達人類の敵くらい学校か親にでも習うだろ。」
「いや、高校どころか義務教育でもそんな単語出てきたこと無いですよ。」
「ギムキョウイク?…何だそれ?」
「………………。」
「………………。」
だ、駄目だ寝てた部屋でも何となーく…いや割とガッツリか、俺の身近な言葉が全然全くこれっぽっちも通じてねぇ…。これはもう異世界確定ですわ。ってことはあれか、何か凄い最強スキル的な何かを持ってちゃったりしてるのだろうか。…あのバケモノ…ディアブロだっけ、にフルボッコにされた時点でその望みは薄そうだが。もし仮に持っていたとしたら俺の厨二心がテラマックス響くんだけども。
……それより、これ帰れんのかな。ワクワクと一緒にそんな不安が募る。そうだ、王様に聞いてみよう。王様って位だから情報には聡いだろう。………聡い王様であってくれ。
「……まぁ、幹径の近くの村の誰もお前のことを知らないし見かけてないらしいし、玄武様がどう判断されるかでお前の運命は決まる。脅してる訳じゃないけど、覚悟はしておけよ。」
「覚悟って…。」
「まぁ、最悪死ぬ覚悟だ。」
…へ?
「し、死ぬ?」
「ああ。」
「何で?」
「身元不明、言ってる事も意味不明、陛下か弟なら『ソフラに連なる者』として処罰するかも知れんって事。」
「貴様の中で私はどれだけ冷酷な人間なのだ、右遼。」
突然の後ろからの応答に驚いて振り向くと、右遼さんの線を細くして着物を何枚か厚着させたような男性が呆れ顔で立っていた。
「お、左遼。てっきり中に居るのかと思ってたんだが、どっか行ってたのか?」
「貴様が保護人を連れて塔内を迷っていないか心配になってな、保護人の部屋から此処までを練り歩いていたのだ。」
「流石にそんな事しねぇよ。」
「そうか。…保護人、身体は大事無いか?」
「こ…。」
「うん?」
「こ、殺さないでください…。」
「…………。」
死にたくない一心での俺の必死の懇願に、左遼と呼ばれた男性は盛大にかわいそうなもを見る目でこちらを見つめてきた。ついでにと言わんばかりにこれまた盛大なため息を吐き、着物の袖口からシャクのようなものを取り出すと右遼さんの頭をそれで思い切り殴った。
「い~っでぇ!!何すんだ左遼!!」
「貴様が余計なことを言うから保護人が不必要に怯えているではないか。」
「でも本当の話だろ!?」
「事実無根だ。」
「よく言うぜこないだ捕まえたソフラかもしれない奴、碌に尋問もせずザッパリ斬ってたじゃねぇか!」
「あの近辺のソフラの根城にあった誓約書に名前が載っていたからな。」
「え、なにそれ初耳。」
「貴様には話していないからな。」
「ぅおい!話せよ!情報はちゃんと伝達させようぜ!?」
「…保護人よ。」
「無視かよチキショウ!」
「………。」
「おい。」
頭に軽い衝撃が走る。どうやら、右遼さんを殴ったシャクのようなもので額を小突いたらしい。それで遠いどこかに行っていた意識が戻ってきた。
「怪我は大事無いか?」
「え、あ、はい…。」
「ならば良かった。」
そう言って左遼さんは笑うと、俺たちの前に出て門に手を掛ける。
「さぁ、陛下もお待ちかねだ。」
線の細さとは裏腹に巨大な門を軽々と開ける左遼さん。未だ現状を掴めず、さらには左遼さんの馬鹿力に驚くも、俺の目は部屋の一点、玉座に座る大柄で頬杖をついている男性のみを映していた。
「玄武陛下。斉将軍左遼、赳将軍右遼並びに幹径での保護人一名、ただいま参上致しました。」
「うむ、ご苦労だった。」
あ、だめだ。俺たぶん此処で死ぬ。
冒険するのはまだまだ先になります。
気長に待っててね。
※同日、各タイトルを統一しました。