三話 「交差」
「ここにテントを張ろう」
大荷物の中から、組み立て式のテントを取り出し準備し始める。
ドヤ顔で彼は詠唱をすると、集めた木々に炎を灯す。
魔法だ。俺はいつも火は手動で起こす。
忘れていた。素養はあるから君も習えと言われたことがある。
教わったのは、今やった火を灯す力。
それしかない。彼もこれしか知らないのだ。
どこからかの商人から本でも貰ったのだろう。
1時間も経たないうちに彼の足が疲弊し、休みを挟み、歩き、休みと。
ベルムは仕方なく彼にペースに合わせたのだった。
本来ならテントはいらず、街の前にある隣村に到着できたのだが。
未だそれも遠い。
ため息をつくと、松明を燃やしながらグースカ寝ている彼の代わりに夜番を務めるのだった。
翌日
夜半から寝てないベルムはぼんやりと朝日を見ながら彼について行った。
「昨日はラッキーだったなぁベルムよ
魔物が襲ってこないなんてな、音がしたらすぐ起きれる準備はしたのだが」
ブツブツと言いながら先行する男、メリーク。
説明するまでもない。彼に見えないところで、刃に付いた血を布で拭く。
まさか沢山狼が寄ってくるなんてな。
切れ味のいい短刀でよかった。
そろそろ隣町に着く頃だ。が。
ふと上を見上げると、煙が上がっている。
お祭りだろうか。
そんな呑気な事を考える。
しかし、そんな推測は家々がハッキリと見えた時にまるっきり違う結果となった。
どこかしらも赤く燃え広がっている。
炎だ。
赤く染まった木材から出た煙。
二人は危険を顧みずに、ただただ走った。
隣村はうちのヤーク村と親交のある場所だ。
助けないなんて選択肢はなかった。とにかく生きている人を見つけようと必死になる。
だが、足を止める羽目になる。
ギョロりとした二つの目。人でない異形。
初めてみた捕食。
二足歩行で行動する1メートルくらいの高さの魔。
それが集団で何かをかじっていた。
何かなど、見なくてもわかる。分かるからこそ、自分らが見つかったことに恐れた。
「メリーク、逃げるぞ!!」
ビクついて震える彼を見て、一喝。
狭い通り道を抜けて、抜けて。とにかく変える方向まで…
「駄目だ!!荷物全部捨てるぞ!」
重い物を持った彼と、それなりの荷物を持った自分。
スタスタと何十の魔物が近づいてくる。
助かる道は、これしかない。
「ッ!!ベルム!!」
メリークは助からない身となったベルムに向かって叫んだ。
よそ見をしていた自分を放り出し、彼が背から障害物を受け止めた。
なんてことだ…。
突然、目の前にあった屋根がずれ落ち迫って来た。
魔物を恐れ、黒焦げとなって焼け落ちるものに気付かなかった。
立ち止まった自分に向かってベルムは
「俺の事は良い!!お前はヤークの長だ…!
村のみんなに言うんだ、逃げる準備を…早く!!」
刻々と迫る危機。
目の前に犠牲となった親友。
猶予はない。
大荷物を投げ捨て、ベルムを一瞥すると、唇を噛みしめた。
自分の愚かさを呪っている。
「…すまない…ベルム!!」
メリークがあんな速さで走っていくのは見た事が無かった。
その姿は真っすぐ奥に行き、右に曲がってから消える。
最期に、いいものが見れて、よかった。
少しでも時間稼ぎができるならば、ここで果てるのも悪くない。
上に乗っかった柱の一部分は、自分の身体をも燃やす。
その痛みなんかよりも、ギギギ…と呻く見た事もない魔物が自分の傍に寄って来る方に気が入っていた。
ここまでか…
この世界は、甘くない。
魔物は人類の敵だ。彼らの大部分は人間を捕食する。
生きる為に。
俺達も、狼や猪と呼称する比較的安全の部類に入る魔物を食べる。
生きる為に。
同じ事だ。
転がった短刀に手を伸ばすが、届かない。
もうちょっとなのに。
重くて動かない身体。
終わりか…
俺はゆっくりと、目を閉じた。
親父や母さんと再会できる。
ギィンと剣の音が響く。
父さんと打ち込んだなぁよく…
それが現実で鳴ったのは目を開けてわかった。
「あきらめないで!!」
何者かの声が響く。
パキリと焼け焦げた板を踏む音。
口を開けて鋭利の歯がちらつく魔物達が振り向く。
ゆらゆらと揺れる炎の中で傷だらけの少女が叫んだ。
銀灰色に薄い桃が混じった髪。右に垂らしてあるが
身体と共にすすで汚れ、血がこびりついている。
彼女の横には二人の男が武器を持っていた。
その後ろで、自分の周りにいる同じ魔物が三人を見つめる。
どうやら自分に言ったのでなく、男たちに放った一言らしい。
こっちとは背を向けていたから。
だが、後ろにも魔物がいる事を知ったらどうなるだろう。
知らない人たちだが、自分より先に殺されるところは、見たくない!!
動け…動け!!
届くだろう、本気を出せば
ガララ…背に乗った大きな柱が少しずれた。
ふんぞり返ろうと必死に身体を動かしたからだ。
これ以上にない痛みを引きずって。
「ギィィ?!」
掴んだ短刀を目の前に立っていた魔物の足に切り込む。
悲鳴を上げたことで、もともと自分にターゲットを定めていた魔物達は
少女の目線から外してこちらを見やる。
挟み撃ちさせたら悪いからな…でも、よかった。
「ぐっ」
ビリっと痛みが走った。
刃が重く食い込んだ反動で、腕の力を使い果たしたのか…。
まだ、手はある…。