1-5 武器商人
ガリファ都市部より西に数キロ。
隣国とガリファとを結ぶ道は、ガードレールで舗装される程度にしか整備されていなかった。
魔物との遭遇も少なくはない。陸路しか移動手段が時代ならともかくとしても、飛空艇という格安な空路が確立された今では、陸路が活用されることはほとんどない。
そんな道を、黒のトライクに先導されるように大型のトラクターがひた走る。
「まさか、ガリファの店で昼食を済ませるとは思わなかったね」
「その、すいません」
「まあそこそこ美味しかったし役得ってとこだ、あんまり気にしないでくれ」
平謝りするノエルに笑って返すトラクターの運転手の声色は、その発言が真であることを告げていた。
全国を旅して周り、各国で商品を売りさばく彼の楽しみといえば、各地域の文化に触れることぐらいだ。
食べては移動、食べては移動――そんなサイクルを繰り返しているうち、今の体型が確立されてしまったのは言うまでもない。
現在時刻は15時を少し回ったところ。本来なら午前中には何でも屋との合流を終え、昼前には都市部を発つつもりだった。
だが、護衛の依頼は魔物との戦闘など、ある程度の危険も孕む。いくら報酬を弾んだからといっても、受諾してもらっただけマシなのだろう。
……まさか受諾と合流が遅れた理由が「寝坊したから」 だとは思わなかったが。
「いつもこんな感じなのかい? 私は特に気にしなかったが、他の同業者相手だとこはいかないぞ」
何でも屋として生計をたてている少女のためにと、商人は諫めるように告げた。
隣に座るノエルは言い訳するつもりではないんですけど、と前置きすると、
「トライクに乗っているのはこんな依頼を何回も受けたことがあるらしいんですけど、私は初めてで。てっきり、いつもの魔物退治を受けるのかなーと思ってて……」
口をごもごもとはしているが、その彼女の視線と魔力は外界にしか向いていない。魔力と火の言霊で量増しされたエメラルドグリーンの瞳は、その気になれば数百メートル先のアリの数も数えることができるのだろう。
同様に、トライクを駆る少年――ソウマも、魔力で聴力を量増ししている。ノエルほどとはいかないまでも、ピンと張られたピアノ線のように、今のソウマは数十メートル先の虫の囁きにも鋭敏に反応することができる。
そんなふたりを見やり、商人は満足げに頷いた。
★
「『武器商人の護衛』? 久しぶりだな、この依頼」
数刻前。
携帯端末から出現したコンソールを操作し、依頼を閲覧するソウマが呟く。
口の周りを真っ白にしたノエルが、聞きなれないワードにぱちくりとした。
「武器商人?」
「あーっと、ノエルちゃんは初めてだっけか。この手の依頼」
カウンター越しにジャンがごほん、と教師が注目させるように咳払いをして説明する。
「魔物討伐には何が必要だと思う?ノエルちゃん」
「そりゃあ武器、ですよね。魔法も杖があった方が強いですし」
魔法と杖の関連性は非常に深いものがある。
例えば詠唱。呪文と共に言霊を放出し、属性の魔法を発現させる方法には、言霊を一点に集中させるために、避雷針のような役割を果たす長物が必要になる。
経験を積んだ魔導士なら、指先に言霊を集約させる――そんな芸当が可能だろうが、ノエルはまだ、そこまでの実力を持ち合わせてはいなかった。
「そそ。対魔物には武装が不可欠。だけど、んな物騒なモノ、街中じゃそんなに売れないだろ?」
「まあ、そうですね……あー、だからか」
魔物との戦闘を熟す人なんて、都市部の守りが強固になり、魔物の侵入を許さない現代ではほとんどいない。
そんなものを一点に留まり売り続けても、売れ行きがどうなるかなんて、目に見えている。
だから武器商人たちは諸国を周っていく。発展した空路に危険物の持ち込みは許されていないから、陸路を利用する必要があり、そのための護衛依頼なのだろう――そんなことを思考して、ノエルは納得したように声を漏らした。
「ジャンさん、今日はこれで」
「あれ、もう行くの?」
コンソールを操作し、依頼の受諾を完了すると、ソウマはさっさと席を立ってしまう。
少し慌てた様子で、ノエルは残った『ノエルちゃんスペシャル』 を飲み干した。
「当然だろ、武器商人は朝から待ってるんだから」
「えっ、そうなの? 言ってくれればもうちょっとしたのに……二度寝しない努力」
攻めるような視線を受け取ったノエルが、不満を込めて返す。けれどソウマはしれっとして、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「こんな時間まで来ないとは思わなかったんだ。やってせいぜい10時くらいかなって。けど甘かったな。まさかノエルがこんなに寝坊助だったとは……」
完全に当てこすりである。ノエルは抗議の視線を向けたが、それも躱される。
……やがてノエルは拗ねたかのように眉をひそめて、席を立った。
「悪魔、オカン体質っ!ジャンさんお会計‼」
★
「ははは、そりゃ災難だったな」
事の顛末を聞いた商人の腹が笑いに揺れる。