1-0 最初の闘い
仰ぎ見る、なんていう行動は子供のころに卒業したものだと彼は思っていた。
自分の身長が高くなったこともあるが、精神的な面でも成長し、寧ろ自分が仰ぎ見られる方になっているのではないかとすら考えていた。
16歳の小坊主だが、自分は人よりは過酷な人生を謳歌してきたのだと思っていた。
それでも、少年は自分の眼前に立つ巨体を仰ぎ見ていた。
15メートルほどはあるだろうかという体躯を持つそれは、二足歩行をしながら、人間の形を留めない異形だった。
涎を垂らし、2本の角を生やし、体毛を蓄えるその姿は魔物と呼ぶにふさわしいものだった。
「や、まあ世界広しとはいうけど。これはちょっとな……」
ため息を吐くように愚痴をこぼす少年は満身創痍だ。
左腕はだらんと伸び、ほぼ感覚がない。辛うじて剣を杖代わりに立てていても、視界が定まらない。仰ぎ見る魔獣の角が3本、或いは4本に見える。
熱い熱いと木々が叫ぶ炎が刻一刻と自身の体力を奪っていくのを少年は感じていた。流れ出た血の量で自身の死の瀬戸際を予感していた。
「それでも、生憎」
――死ぬつもりはない。
息も絶え絶えに、往生際の悪さを主張する台詞もかき消えてしまう少年の眼は、まだ死んでいない。
ダークオレンジの両眼は、定まらないなりにもしっかりと目の前の異形を見据えていた。
剣から手を放し、地に倒れこもうとする体でなんとか踏みとどまる。
立ち上がった瞬間に眩暈に襲われる。限界なんてとうに超えたと囁く五体を、もう終わらせろと懇願する脳を、少年はニタリとした不敵な笑いで黙らせる。
敗北を認めた己が全てを、勝利せよと叫ぶ心で恫喝する。無理矢理にでも体を動かし、右腕を突き出した。
「お前が魔物なら、おれは絶対に負けない」
挑発とも、自身を奮い立たせるためともとれる言葉を紡ぐ。
呼応する様に、眼前の異形は雄叫びをあげた。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す——殺気だけで構成されたとさえ錯覚してしまう音の衝撃を全身で感じながら、少年はひとつ小さく紡いだ。
「……武器精製」
それは、何よりも慣れ親しんできた方法だった。
内界の想像を外界に創造する。魔法と呼ばれる機能を起動させるための鍵。
残りカスほどしか残っていない燃料を振り絞り、この状況を打開するための切札を創り出す。
――例え、お前が元人間だったとしても。
殺すだけの覚悟を。
その願いに答え、内界から外界に現れた武器を少年は構え、そして――。
後に「最初の戦い」と呼ばれる戦いの終わりが、もうそこまで迫っていた。