雑談のお時間です「愛とは」
「人の愛とはなんぞや」
「はぁ」
また師匠が変な事を言い出した。散らかった書類や資料を整理しながら、気の無い返事が出る。
「昨日、動物達の求愛から子育てまでについての映像を観ていたんだ。人と形は違えどそこには愛があったんだ」
曖昧な相槌を打ちながら作業を続ける。それでも師匠は話続けた。
「オラウータンは仲間内のメスが交代で子守りをするんだ。野生の動物がだぞ。子供とじゃれつく姿なんて人間のそれと変わらなかった」
何故か自慢気な師匠の講義は続く。
「子供と移動する時は背負わず、お腹に抱えるそうだ。外敵に襲われた時に子供を振り落とさないために。けれどメスの一匹が子供を背負って移動していたんだ。何が起こったと思う」
「外敵が来て、振り落とした子供を置き去りにした」
こちらの作業に終わりが見えたので師匠の講義にちゃんと参加してあげる事にした。師匠は手振りを交え、馬鹿を見るような目をこちらに向け語る。
「他のメスがお腹に抱えるよう促したんだ。種族愛と言うべきか、私は感心したね。他にもカバの出産だったり、ハイエナの育児だったりと」
話が進みそうではなかったので話の腰を折る事にした。いつもの事なので気分は損ねないだろう。
「それで。そこから人の愛と繋がるんですか」
「そうだ。鳥なんかの求愛行動に己を飾り立てる種がいるだろう。人も同じで服や髪を飾り立てるだろ。これは似通っている」
私は曖昧な相槌を打ちながら次の発言に備えていた。この後の突拍子の無い言葉への備えである。
「では先程の種族愛についてはどうだろうか。人は種に愛を持って接しているだろうか」
そら来たと、私は師匠の言葉に反論をした。
「あるんじゃないですか。未だに人口が増えてるって話も聞きますし」
「それは限定的な種族愛ではないだろうか。もしくは性的な欲求の姿では」
そう言われ、少し考えてみたが上手く丸め込む言葉も見つからず話を進める事にした。
「そうだとしても、それは仕方ない事でしょう。地球の裏側の人にまで愛情は向けられませんし、周りの人間ですら苦手な人がいる位です」
「ならば戦争はどうだ」
「動物だって縄張り争いがあるじゃないですか」
師匠は少しだけ考える様な素振りを見せてから話す。
「それはそうだ。しかし、それに違いはないと言えるのか」
「違うんですか」
「確かに同種で争う事もあるだろう。しかし殺戮や過剰な押収があるのかという所だ」
「確かに動物なら餌場から追い出すだけで、むやみに殺したりは無いでしょうね。雄同士のケンカも強さを示したら終わりって印象があります」
「だろう。種を愛するからこそ強い者を残す、されど種を愛するからこそ無益な殺生もせす。むやみやたらに愛を語る人間が、一番愛から遠いのではないのだろうか」
「だから、むやみやたらに語りたがるのかもしれませんよ」
何やら師匠はまだこの話を続けるつもりらしく、作業の手を止めて考え込むポーズを取っていた。早いところ仕事を終わらせて欲しかった。
「時に、人を愛した事はあるかね」
突然なにを恥ずかしい事を言ってるんだ。
「さっきの話の流れからなら、無いです。きっと上部だけの愛だったんですよ」
師匠の好みそうな返答、自分でも納得の出来だ。それなりに女性とお付き合いをさせてもらったが、こんな話の後に自信を持って「あります」なんて言えない。そして話の流れなど関係無しに真摯に人を愛した事なんて無いとも思った。
「例えば、だ。ある行為を行えば相手に利益がある、けれどその見返りは無い。それでも相手だけの利益の為に行動できるか」
「そう言われると難しいですね。数回なら出来そうですが、続くとなると見返りが欲しくなると思います」
「ああ、きっと見返りを求めるだろうな。もしくは見返りが無い事に憤怒する者もいるだろう」
「、、、人の愛は難しいですね」
師匠は何も言わずに作業をしていた。このままこの話題が切れるのも収まりが悪く思ったので私は一つ聞いてみた。
「師匠が作業を無理矢理手伝わせてるのも愛だったりするんですか。師弟愛だったり、そんな感じで」
師匠はペンを置き、とてもとても悪戯な笑みを浮かべながら私を見た。
「いいや。楽だから手伝わせている」
そう言いながら新しい雑務を押し付けソファに横になった師匠に、私が見返りを期待しない事は愛なのだろうか。そんな事を考えながら私は雑務を片付ける。