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隣の先輩  作者: 沢村茜
第二章 思いがけない誘い
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疼いた胸の痛み

「おはよう。今日も一緒に登校?」


 その言葉と共に現れたのは、すっとした顎のラインをした男性だった。改めてみると、ものすごく綺麗な顔をしているんだと思わず考えていた。彼の持つ独特の空気はすごく穏やかで、わたしの放つ変な空気をあっという間にかき消してくれた。


「真由ちゃんは愛理と同じクラスなんだってね。あいつ、うまくやってる?」

「うまくやっていると思いますよ。学級委員をやっているくらいだし」


 さっきまで言葉が出てこなかったのが嘘のようにすらすらと言葉が出てくる。

 人見知りをせず、友達が多い愛理と同様に彼も人見知りをしないのかもしれない。どうしてこういろいろと人に対して話しかけることができるんだろう。

 何かコツでもあるんだろうか。


 依田先輩がわたしをじっと見ているのに気付き、その理由を聞くが、彼は気にしなくていいとだけいい、西原先輩に話しかけていた。わたしはそんな二人の後ろを歩いていた。笑顔で話す二人を見ながら、わたしはどうしたらそんな感じで話ができるのかと言ったことばかりを考えていたのだ。


 わたし達は教室のあるフロアまで一緒に行くと、そこで別れた。そのとき、先輩達の教室から細身の女性が出てきた。彼女は先輩達を見ると、目を細めていた。


「おはよう。今日は少し遅かったね」


 適当に返事をする依田先輩とは対照的に、彼女に笑顔で応えていたのは西原先輩だった。


 彼女の腰まである栗色の髪の毛が優しく揺れる。率直に綺麗な人だと思った。流れるような髪に、すっと伸びた手足。一つずつの仕草が絵になるように美しい。上向きに伸びた長い睫毛。赤いふっくらとした唇に、綺麗な二重の瞳をしていた。目は濡れたように輝いている。


 背丈も高く、手足は細いのに出るところはしっかりと出ていて、俗に言うモデル体型というものかもしれない。僅かに幼さは残す顔立ちを大人びた雰囲気が包み隠しているといった人だった。


 西原先輩は依田先輩に常時見せているような親しげな笑顔を彼女に対して見せていた。あんな綺麗な知り合いがいたと知る。


 森谷君たちが三年にすごく綺麗な先輩がいると噂をしていたことを思い出した。その噂の相手が彼女だったのだろうか。つい先日、西原先輩が同じ笑顔を自分に向けてくれたのにも関わらず、胸を痛めていた。


 教室に入ろうとしたとき、わたしの体に重なるように影が重なる。森谷君が驚いたようにわたしを見ていた。


「どうかした?」

「何でもないよ」


 わたしはさっきの痛みに気付かない振りをして教室の中に入ることにした。



 昼休みに入ると、教室内が騒がしくなる。以前、森谷君ときれいな先輩について語っていた片田君が、森谷君のところまでやってきていた。今にもキスでもしそうなほどうっとりとした目つきで自分のノートをじっと見つめている。


「どうかしたの?」


 わたしは変な気分になり、呆れたように彼を見ている森谷君に聞いてみた。


「宮脇先輩にノートを拾ってもらったんだってさ」

「宮脇?」


 思わず聞き返すと、彼は小さな声をあげる。


「朝、西原先輩と話をしていた先輩。見なかった?」


 その言葉に胸の痛みが蘇る。あの綺麗な人、だ。先輩も彼女を見て、彼のような気持ちを抱くんだろうか。親しいんだろうか。ただのクラスメイトなんだろうか。


「そんなに話をしたいなら話しかければいいのに」


 森谷君は呆れたように友人を見つめていた。

 彼は大げさに体を仰け反らせると、過剰に反応をしていた。


「そんなこと絶対無理だって。目が合っただけで何を話していいのか分からなくなるし」


 あれだけ綺麗だとそうなってもおかしくないのかもしれない。同じクラス内では咲も同じような扱いを受けているのはなんとなく分かった。遠めに彼女を見ている人はいるが、話しかけようとする人は少ない。それは男女問わずにそうだった。わたしも人見知りをするほうだとは思うが、彼女はわたしの非でないくらい人見知りをする。だから、話しかけることもできないのかもしれない。


 外に目を向けようとしたとき、自分の顔が写っていた。その何の変哲もない顔を見て、何も考えたくなくなってくる。机に顔を伏せようとすると、教室の扉が開き、パンを買いに行っていた咲が戻ってきた。愛理も飲み物を忘れたらしく、彼女と一緒に買いに行っていた。わたしは脇から鞄を取り出すと、お弁当を取り出した。

 二人はわたしの机でごはんを食べることになった。


 ごはんを食べ終わった後、愛理が心配そうにわたしの顔を覗き込む。


「元気ないね。どうかした?」


 彼女に射抜かれるように見つめられ、何もいえなくなる。

 わたしは気分を入れ替えるために席を立つ。


「飲み物を買ってくるね」


 戻ってくる頃には笑顔でいられるようにしようと言い聞かせた。

 階段をおり、一階に行くと昇降口にいる姿を確認し、心臓をわしずかみにされていたみたいに胸を高鳴らせていた。だが、その傍にいるもうひとりの存在に気付き、わたしの心臓の鼓動が驚くほど静かになる。いつみても彼女はすごく綺麗で、片田君が大騒ぎしていた気持ちもわかってしまう。


 その隣で屈託のない笑みを浮かべているのは西原先輩だ。あんな綺麗な人が近くにいたら、わたしなんて女としてみてもらえないのは当然かもしれない。


 飲み物を買い、教室の戻ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、依田先輩の姿があった。

 彼はわたしと目が合うと、意外そうな顔をする。


「やけに浮かない顔をしているね」

「そんなことないですよ」


 今の心情を読み取られるのではないかと思い、笑顔を浮かべたが、無理な笑顔を浮かべてしまっていた。


 わたしの言葉に仕方ないなという言葉がついてきそうな笑みを浮かべていた。


「君は、稜のことが好きなわけ?」

「違いますよ。誰がそんなことを」


 慌てて否定をするが、声は上ずり、逆効果となっていた。

 ただかっこいいとおもっただけで、好きなわけではないのは本当だ。

 だが、彼はからかうことも、変な顔をすることもなかった。


「愛理と俺も思った」

「好きじゃなくて、ただ仲良くなりたいなって思ったんです」


 彼女や依田先輩に向けているような笑顔をもっとわたしにも向けて欲しい。ただそれだけだったのだ。


「君の態度だと完全に逆効果だと思うよ。今の態度だと、君が稜を嫌っているってことでも納得できそうだからね。話しかけても反応ないし、歩いているとものすごく距離をとるし、目を合わせようともしない」


 薄々感じていたことを、完膚なきまでに言われ、返す言葉もない。

 そんなわたしの態度から何かを悟ったのか、困ったような笑みを浮かべている。


「君と稜が親しくなれるように、手伝ってあげるよ」

「どうして?」

「少し気になることがあるから。俺はどっちでもいいから君が好きなほうを選んでいいよ」


 彼の挑戦的な言葉にまず過ぎったのはあの綺麗な人のことだった。

 こんな気持ちをほぼ見ず知らずの人に抱くなんてわたしらしくもない。


「お願いします」


 わたしの言葉に彼は笑顔を浮かべる。


「了解。じゃ、楽しみにしておいてよ」


 何をするつもりなのか聞いても、彼は何も答えてくれなかった。

 放課後に何かあるのではないかと期待していたが、何事もなく放課後を迎えていた。


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