ずっと隣に
一年前、わたしと先輩が過ごした季節はあっという間に流れていく。
もう夏休みに入り、日差しがじりじりと肌の表面を焼いていく。そして、昨年と同じような日程の補習が行われていた。
眩い光に導かれ、天を仰ぐ。
どこまでも澄んだ空にほっと息づく。
「真由? どうかしたの?」
「何でもないよ」
「西原先輩のことでも考えているかと思った」
明るく笑う愛理に頬を膨らませて対抗する。
「愛理。真由をからかうのはやめなよ」
咲は苦笑いをしながら、わたしと愛理のやり取りを見守っていた。
わたしにとっては先輩たちに会えない以外は一年前と同じ時間を過ごしていた。
咲はたまに依田先輩に会っているようだったが、付き合ってはいないらしい。
そんな時は嬉しそうに依田先輩の話を聞かせてくれる。
「今日はまっすぐ帰らないとダメだよ」
「帰るけど、どうかしたの?」
「愛理。あんまり言うと、後から怒られるよ」
そう咲が愛理を諌めるように言っていた。
その言葉の意味を聞くタイミングも見つけられずに彼女達の後姿を見送って家に帰ることにした。
携帯が青空に向かって音楽を奏でる。
携帯にはメールが届いていた。そのメールの主は佳織さんだ。
最近は宮脇先輩のことを佳織さんと呼んでいる。それは本人から名前で呼んでほしいと言われたからだ。本人から呼び捨てでもいいとは言われたけど、さすがにそれは気が引けた。
メールに記されていたのは「さっき帰ってきた」というものだった。
夏休みになったので、家族が心配で早めに帰省したらしい。
佳織さんは以前家族のことを気にしていた。彼女の予感は当たっていて、弟さんは自分の嫌いなものは極力調理をしないということをお兄さんから聞かされたらしかった。それで夏休みになって、比較的すぐの帰省となったようだ。
彼女は良くメールを送ってくる。その中には先輩の写真が添付されていたりすることもある。
あれだけ写真が嫌いだった先輩が「真由ちゃんに送ってあげるから」というと渋々承諾することがなんだかおかしいらしい。その写真が時折隠し撮りのようになっているのが微笑ましい。
佳織さんに遊ばれているんだろうなという気がした。
わたしは天を仰ぐ。
もうすぐ彼と約束した花火大会の日が訪れる。
鞄の中から先輩に買ってもらったベビーリングを取り出した。銀色のチェーンの先に結ばれた赤い宝石は太陽の光を受け、より鮮やかに輝いていた。
携帯が鳴る。
発信者は先輩だった。
先輩と会えず寂しいと思う事はたびたびあったが、涙をこぼすことはない。それは多くの温かい思い出があったからだ。
だがそれだけではない。
「昨日、裕樹からおもしろいことを聞いたんだ」
「またあいつ。何聞いた?」
「誕生日プレゼントのことだよ」
「依田にきけば良かったよ」
彼は肩を落とした。
一度、先輩がわたしの誕生日の事を訊いていたらしい。そのときに何か感じるものがあったのだろう。以前先輩の誕生日にあげたカードにはわたしの誕生日が書いてあったらしい。
もう先輩には報告済みだが、クリスマスのときのことも教えてくれた。あのクリスマスの日、家の外に出たら思いの他寒かったので、先輩に言えば代わりに迎えに行ってくれるんじゃないかと思ったらしい。案の定、先輩は出かける用事もないのに、出かけて行ったそうだ。そのことを先輩に言ったら、心配だったからと答えていた。
裕樹には先輩の気持ちは筒抜けだったのだろうか。
そんなことはさすがに聞けないけれど。
「知りたかったんだから、仕方ないだろう。あいつが話だけして教えないし」
荒っぽい口調に変わる。
わたしは思わず笑みを漏らす。
そこまで寂しい気持ちにならなかったもう一つの理由。それは今まで知ることのなかったことを知れたからだ。そこにわたしに対する先輩の気持ちがあったことを今更ながらに気づいていた。
「お前、やっぱりそれを持ち歩いているんだ」
「それって何のこと?」
不思議に思い前を見ると、そこには水色のシャツを着た長身の男の人が立っていた。
わたしの心臓がいつもと違う鼓動を刻み始める。
「先輩」
わたしがその人のところまで駆け寄ると、彼は昨年見せてくれた笑顔をわたしに見せてくれていた。
言いたいことも言えずに言葉を呑みこむわたしの頬に手が伸びてくる。
彼は軽くわたしの頬をつかんだ。
「もう先輩じゃないよ」
「つい」
先輩の輪郭が少しだけぼやける。
先輩の手が伸びてきて、わたしの涙を拭った。
「泣いていた?」
「びっくりしたの」
「急に悪かったな。本当はもう少し後に帰ってくる予定だったんだけど、佳織に丸め込まれた」
先輩の手がわたしの手に触れる。
わたしが持っていたネックレスを取り上げた。その手がわたしの首筋に触れる。
「先生に見つかったらどうするんだよ」
彼は呆れたように笑う。
首に冷たい感覚が伝わっていく。
「夏休みだから平気かなって思って」
先輩の手がわたしの首から離れると、首にわずかな重みを感じる。
念のため、制服の下に入れていく。
「帰ろうか」
わたしの持っていた鞄を取り上げると、もう片方の手をわたしに差し出した。
わたしはその手をつかむ。
「遊びに行きたいところがあったら、連れて行くよ」
何度も彼の言葉にうなずく。
「急に言われても決められない」
「ゆっくり考えればいいよ」
先輩はそう言うと、わたしの手を引っ張って歩き出す。
「でも、一つだけ」
「花火大会は四日後だっけ?」
先輩は振り向くと笑顔で問いかけた。
昨年は予備日に開催されたので日付は大幅にずれているが、わたしが先輩への気持ちを自覚した日だった。
あのとき、花火大会に行かなければ先輩への気持ちに気づいたのだろうか。その答えは分からない。
「花火大会の日、浴衣着て来るんだよな」
先輩はそう言うと、少し嬉しそうな顔をする。
「今年も新しいのを買ったからそれで行こうかなって思ってます」
「去年のは?」
「どうしても見たいなら着るけど?」
ちょっとからかうようにそう言ってみせた。
「両方見てみたい」
笑顔で告げた先輩の言葉に動揺してしまったのはわたしの方だった。
先輩はわたしを見て、くすっと笑う。
こうやってわたしと先輩のこれから先の思い出は少しずつ埋まっていくんだろう。
その先には辛いことや苦しいこともあるかもしれない。
でも、ずっとあなたの隣で笑っていたい。
わたしは稜の手のぬくもりを感じながら、そう強く思っていた。
終




