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隣の先輩  作者: 沢村茜
第十三章 卒業式と減っていく残り時間
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決められないプレゼント

 高校の残りの日程はあっという間に過ぎた。

 終業式の前の日に、咲がわたしの家の近くのお店で買いたいものがあると言っていたのでついていくことになった。色んな食器や雑貨が並んでいる可愛い感じのお店で、咲はマグカップが買いたいらしい。

 咲は難しい表情をしながら、順にマグカップを指していく。その手が英語の単語が印刷されたマグカップの前でとまる。


「先輩は元気?」

「元気みたい。引越しの準備とかあるみたいだけど」


 時々、ベランダに先輩がいるときは話をしたりできるが、本当にそれだけだった。先輩との約束は楽しみたが、逆に不安はある。それが終わったらわたしと先輩の間には何もなくてもおかしくないからだ。


「先輩はおじいちゃんの家に住むんだっけ?」

「そうらしいよ」


 わたしは息を吐く。


 結局、咲と依田先輩の関係が進展することはなかったようだ。愛理のお兄さんだから会おうと思えばいつでも会えるのかもしれない。彼は地元の大学への合格が決まっているので、偶然会えたり、場合によっては愛理に会わせられることもあるだろう。だが、気持ちを面に出さに彼女が今までのように会えないことについてどう考えているのか興味があった。


「一つ聞いていい?」


 わたしの問いかけに咲は首をかしげる。


「咲は好きな人に告白しないの?」

「しないよ」


 彼女は間髪入れずにそう答え、思わずどきっとしてしまうほど優しく微笑んでいた。


「後悔しない?」


 そう言ったのはずっと宮脇先輩の言葉が気になっていたからだった。先輩が好きな人に告白しないと言っていたのもあったのかもしれない。


「全くしないといえばうそになるけど、わたしは今以上は望まないようにしているの。今が幸せなんだ」


 そう頬を染めて笑う咲の気持ちに彼は一度も気づかないのだろうか。

 わたしの知っている彼はそんなに鈍い人間ではない気がした。愛理は自分の兄が咲の気持ちに気付いているかは全く触れていなかった。


 わたしは適当なカップに手を伸ばし、その外枠をなぞる。

 なぜ好きな気持ちはなかなか相手に届かないものなんだろう。


「でも、心のどこかで怖い気持ちもあるの」


 囁くような言葉に過剰に反応する。

 咲は少しだけ困ったように笑っていた。


「気持ちを伝えたら、もうわたしの前で笑ってくれなくなるかもしれない。そう思ったらこのままで良いと思うんだ」


 彼女は手にしていたカップを棚に戻す。


「わたしはこんな性格だから、真由に告白しろとは言えないんだよね。自分からチャンスを逃していると言われても、やっぱりね。真由は先輩の好きな人って誰か知らないわけでしょう。もし、先輩の好きな人が真由だったりしたら、それを十年後とかに聞かされたら後悔しない?」


 わたしはしないとは言えなかった。

 返事を言えないわたしの気持ちを過剰に感じ取ったのか、咲が慌てたように言う。


「ごめんね。いじわるな言い方をしたね。でも、後悔するならきっと伝えたほうがいいよ」


 そう咲は笑っていた。


「咲はしない?」

「しないかな」


 彼女は先輩と同じ境地に達したのだろうか。告白することも割り切ることもできないわたしの気持ちは自分で思っているよりも中途半端なのだと実感した。


「誕生日、何を買ってもらうか決めた?」

「まだ。いろいろと山積みだね」


 ため息交じりに言うと、咲が笑う。


「どんなものがいいの?」

「形に残るものかな」

「こういうの?」

「それもいいけど」


 彼女がさしたマグカップから目を逸らし、店内で視点を泳がせ、ある一点で止まる。視線を逸らすと言葉を濁した。

 彼女はにっと笑う。


「ネックレスとか、指輪とかかあ。可愛いもんね」

「何で分かるの?」

「真由は顔に出るからすぐに分かるよ。いつも身に着けていられるし、いいんじゃないかな」

「でも、それっておかしくない? 先輩と恋人でもないのにそんなものを買ってもらうのは悪い気がするの」

「ほしいものをほしいと言ったほうがいいよ。先輩はそこまで考えないと思うよ。真由の誕生日を祝うために買おうと思っているのだから」


 いつもはきつい事を言わない咲の言葉には妙な説得力があった。


「それに真由はすぐ顔に出るから、先輩に気づかれちゃうかもね」

「そんなに分かりやすいかな」

「可愛くていいと思うよ」


 予期せぬ言葉に思わず体をびくりと震わせた。


「嫌な思いをしたらごめん」


 わたしの変化に気づいたのか咲が慌ててそう付け足す。


「わたしはなかなか自分の気持ちを出せないから羨ましい。明るくて誰とでも話せて、一緒にいるだけで笑顔になれる。真由はわたしの憧れなんだ」

「そんなことないよ。咲のほうが可愛いし、優しいし、始めてみたときからずっとかわいいなって思っていたんだもん」


 そのとき、周りから笑い声が聞こえる。顔をあげると、お客さんらしき女性の二人組がこっちを見て優しく笑っていた。

 顔の前で手のひらを合わせたわたしは咲の顔がさっきよりほんのりと赤みを増しているのに気づく。

 わたしたちは言葉を交わさずに目で合図をしあい、店を出る事になった。


「ごめん。思わず大声を出しちゃった」


 咲はわたしの言葉に首を振る。


「真由からそんなふうに思われているとは思わなかったからびっくりしたけど、ありがとう」


 彼女は困った様子で頭をかく。


「それはわたしのほうだよ。恐れ多いし」


 だが、わたしの言葉の意味が分かってないのか、咲は不思議そうに頭をかしげた。

 だが、彼女は何かを思い出したように突然声をあげる。


「今から選びに行こうか。真由の好みに合うか分からないけど、可愛いお店があるんだ」

「でも、迷惑をかけてしまうから」

「そんなことないよ。わたしもそういうのを見るのは好きだし、わたしだって真由に心配かけちゃったみたいだからせめてもの恩返し」


 思い当たる事はあるが、彼女が何の事を言っているのか、それを誰から聞いたのかはっきりとは分からない。だが、わたしは咲の好意を受け入れる事にした。


「よかったら愛理も誘おうか。きっと心配していると思うよ」

「そうだね」


 わたしは咲の言葉に同意して、携帯を取り出した。


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