大晦日のねがいごと
両親は大晦日の日は買い物をするために午前中に家を出て行った。裕樹はリビングでゲームをして遊んでいる。先輩に会いに行くのかとも思ったけど、そんな様子もなかった。
プレゼントは買っていない。わたしからもらって逆に重いと思われたくなかったからだ。ただ、祝福の言葉だけは伝えたかった。
メールで言うか迷っていると、チャイムが鳴る。ゲームをしていた裕樹がコントローラーを置いて、玄関まで飛び出していた。いつもインターフォンを使う彼らしくなかった。
やけにそのことが引っかかり、玄関に通じる扉を開けると、先輩と裕樹が話をしているのは目に入る。先輩は裕樹に本を渡していた。
「あがっていく?」
「今日はいいよ」
二人はその場で他愛ない会話をする。その先輩の視線がわたしにそれる。
「元気?」
先輩と顔を合わせるのはクリスマス以来だった。気にかけてもらえたことが嬉しくて、何度もうなずく。
「じゃあ」
「あの」
わたしの声に先輩はゆっくりと振り向く。
「お誕生日おめでとうございます」
裕樹が鼻で笑うのが聞こえたがわたしは目の前の先輩がどう反応をしてくれるかで頭がいっぱいだった。
「裕樹から聞いた?」
先輩はそうさらっと言っていた。
わたしは彼の言葉にうなずく。
裕樹は自分からのプレゼントだと言うと、何かを先輩に手渡していた。袋に入った形のあるものというよりはカードのようなものだ。
先輩は折りたたまれたそれを不思議そうに見るが、一瞬目を見張り慌ててそれを閉じた。
裕樹はそんな先輩を見て、楽しそうに笑う。
裕樹が先輩に何を渡したか聞きたかったのか、彼の前でそんなことを聞けないどころか二人の秘密といった雰囲気を感じ取り近寄れなかった。
先輩の近くにいた裕樹がいつの間にかわたしのところまできていて、背中をぽんと押す。
わたしはそれにつられたように先輩のところまでいく。
先輩は持っていたものを後ろに隠す。それが何か気になりながらも深呼吸をした。
「お誕生日おめでとうございます」
細やかな勇気を振り絞る。
彼は少し目を細めると肩をすくめていた。
「ありがとう」
先輩の笑顔に顔がにやけそうになる。
それを隠すために少しうつむくと、小さく頷いた。
「プレゼント、ほしいものありますか?」
「気持ちだけでいいよ」
彼はわたしと裕樹に声をかけると、玄関を開けて去って行った。
振り返ると裕樹と目が合う。
彼はそのままリビングに戻っていこうとした。
「先輩に何をあげたの?」
「稜が一番喜びそうなもの」
裕樹の口から利かれた台詞は聞き捨てならない。
「何?」
「秘密」
気になるが、彼は決して口を割ろうとしなかった。
わたしもくだらない意地を張らずに、先輩ともっと話をしておけばよかった。
先輩と話をしようとしなかった時間はすごく無駄にすごしたような気がしていた。
夜になると、辺りの空気が冷え込んでくる。だが、夜が更けても眠る気がせずに、いつもより遅くまで起きていた。もうすぐ日付が変わり、新年になる。
わたしの誕生日が終わると、受験があり、別れの季節になる。
ゆっくりと深呼吸したとき、窓の外から鈍く低い音が聞こえた気がした。その音につられるようにして、窓を開けると、冷たい風がなだれ込んでくる。寒さに息を呑み、窓を閉める。
あたりはしんと静まり返っていた。だが、さっきと同じ鐘の音が響く。推測が確信にかわる。除夜の鐘なんだろうか。白い息を吐きながら、辺りを見渡した。
「そこにいる?」
不意打ちの呼びかけに戸惑い深呼吸をして、手すりまで行く。隣を見ると先輩が立っていたのだ。
「除夜の鐘を聞くのは初めて?」
「テレビでならあるけど、初めてです」
また音が鳴る。
「この近くにお寺があって、毎年鳴っているんだ」
「そうなんですか?」
「そう。大晦日に見に行ったことはないけど、場所は知っている。自由に入れるみたいだよ」
「この近くなんですか?」
「知りたいなら今度場所を教えてやるよ」
先輩の言葉に笑顔で答える。先輩も笑っていた。
来年はどんな年になるんだろう。
来年はわたしと先輩にとっていい年になりますように。
わたしは隣にいる先輩を見ながら、そう心の中でつぶやいた。




