終業式
白い雲が空を多い、儚げな冬の太陽が姿を隠してしまっていた。冷たい風が窓を震わせる。
わたしの机に影がかかる。顔をあげると髪の毛を一つに結った愛理が立っていた。
教室の中は心なしか浮き足立っている。きょうは終業式だ。夏とは違い、補習もほとんど行われない。
「冬休み、どこか遊びに行こうよ」
愛理は目を輝かせるとわたしの机の上に手を起く。
「いいけど、どこに?」
「初詣は?」
「行きたい」
咲は声を弾ませ返事をする。
だが、いつもなら数秒で返事をするわたしも返事を返せなかった。
「親に聞いてみるよ。正月はおばあちゃんの家に行かないといけないかもしれないの。引っ越して近くなったからね」
日帰りで往復できる距離ではあるが、今年はどうなるか分からない。
「正月だもんね。もし行けそうだったら、言ってね。別にお正月過ぎていてもいいし。それは真由に合わせるよ」
愛理の言葉に咲もうなずいていた。
咲の好きな人を知ってから一か月ほどが経過していた。よく見ていると確かにそんな気はする。わたしは愛理との約束を守り、彼女にその話は触れないでいた。
わたしが先輩と話をしなくなったこと以外はほとんど変化のない毎日を送っている。
お正月は人それぞれ過ごし方が違う。わたしの家では友達と初詣に行くということは遠い話だった。
先輩はどんな正月を過ごすんだろうか。祖父母の家に行くんだろうか。
もうすぐ先輩の誕生日がある。教えてもらったときはどうお祝いを伝えようかと思っていたが、今はその気持ちが遠くなっていた。もう口を利くことのなくなったわたしがそんなものを伝えていいのか分からなかったのだ。
終業式が終わり、教室に戻る途中、西原先輩と依田先輩が階段の脇で話しているのが目についた。先輩の顔はいつもと同じように明るく、わたしと話をしないことなんて彼にとってはたいした問題ではないのだろうと思ってしまっていた。
愛理が声をかけると、依田先輩と先輩が振り返る。わたしを見ているかも分からないのに、彼の視線を感じ、呼吸が乱れていた。
「用事があるから先にいくね」
隣にいる咲に声をかけると、わたしは先輩や愛理の脇を抜けて階段をあがっていく。同じ空間にいるだけでもいつの間にか辛くなっていた。
四階まで上がるが、教室に戻る気がせずに奥にある非常階段の扉を開ける。冷たい風に前から押され、慌てて外に出た。そこは想像通り閑散としていた。冬場に非常口にいようなんて物好きはいないから、一人でいたいときはぴったりな場所だ。
錆びた手すりに触れ、白い空を望む。
風の音にまぎれドアが開く音がした。
驚いて振り返ると、少し困った笑顔の森谷君が立っていた。
「先輩と話すだけでも話せばよかったのに」
先輩に失恋したことを唯一知る彼にあれこれ話を聞いてもらっていた。
「まだ、無理みたい。もう少し時間があれば変わってくるとは思うけど」
わたしにとっての初恋はいろんな初めてが多かった。幸せなことも、苦しいことも多かった。だが、その恋が終わっても色んな始めてが続いていた。幸せな気持ちを取っ払った苦しいことだけが断続的に襲ってきたのだ。
「無理にとは言わないけど、先輩って大学外に出るんだよね」
大学は受かってほしいから、落ちることを望むことはできない。
「三月には笑っておめでとうと言えるように頑張るよ」
作り笑いでない、本心で彼の新しい門出を祝いたかった。
冷たい風に身震いすると、彼に誘われ廊下に戻る。
だが、廊下にいる人影を見て、思わず足を止めた。
西原先輩と宮脇先輩が笑顔で話をしていた。どうみてもお似合いな二人が付き合ってくれればいいと思う気持ちだけは失恋した今でも変わらなかった。
宮脇先輩が振り返り、にこりと笑う。
「真由ちゃん」
わたしはできるだけ笑顔で反応する。
「森谷君と仲がいいの? もしかして付き合っているとか?」
屈託のない笑顔で言われた言葉を告白の言葉がよぎり否定できなかった。
「違いますよ」
森谷君が否定すると宮脇先輩は頭を下げ、ごめんねと言い、手を顔の前で合わせた。
その間、先輩の顔は一度も見なかった。きっと彼はそんな彼女の言葉に気にしていないような笑顔を浮かべているんだろうと思ったからだ。
森谷君は教室に入ると、わたしに告げた。
「あの先輩も相当鈍いね」
「宮脇先輩?」
「二人とも」
わたしはそんな彼の言葉に首をかしげることしかできなかった。
席に戻ると愛理がやってきて、さっきのことには触れずに都合のいい日があったら教えてねと言ってくれた。
わたしの行動に触れなかったのは、わたしの置かれている立場に咲や愛理が薄々気づいていたからかもしれないと思いながらも、自分からその話題に触れることはしなかった。




