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隣の先輩  作者: 沢村茜
第九章 秋から冬へ
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初めて見る先輩の姿

 本を棚に直すと、携帯で時間を確認する。先輩との待ち合わせ時刻の五分前に迫っていた。

 放課後、急きょ予定ができたらしく先輩は先に帰っていていいと言っていたがわたしが待つと言い、五時前に靴箱の前で待ち合わせをすることになった。


 図書館を出て、校舎につながる通路の途中にどこかで見たことのある二人組を発見した。

 どこかでちらっと見たのをぼんやりと覚えていただけだろうと、そのまま通り過ぎようとしたわたしの足がぴたりと止まる。


「本当、むかつくよね。依田先輩も愛理ちゃんも騙されているだけなのに」

「人がいいから騙されているんだよ。二人とも。猫かぶっているのが見え見えなのにね。最近、西原先輩にも取り入っているみたいじゃない。本当性格悪い」


「少しくらい可愛いからっていい気になってるんじゃない? よく見ると顔のバランスも悪いし、たまに肌もあれているし可愛くないんだけどね」


 背後から追突され、よろけて足を数歩前に踏み出していた。


「すみません」


 ジャージを着た生徒がわたしに謝ると、廊下を駆け上がっていく。

 わたしがその声に反応する前に、廊下で話をしていた二人組と目があった。


「あなたって」


 二人はにやついた笑みで見つめあうと、わたしとの距離を詰めてきた。


「さっきの話聞いていた?」


 含みのある言葉に嫌な予感を感じながらも、今更ごまかせずに小さくうなずく。


「あなたも内心そう思っているんじゃないの?」

「何がですか?」

「前原咲のこと」


 わたしは眉を顰め、二人を見る。

 夏休みの終わり際に彼女がさみしそうに笑いながら言ってくれた先輩達の話を思い出していた。


「あなたって西原先輩のことが好きなんだよね。あの子、西原先輩としょっちゅう一緒にいるよ。この前も一緒に買い物をしているのを見たもの」

「偶然会っただけじゃないですか? 別に知り合いとだったら買い物くらいすると思いますけど」


 内容は不思議と気にならず、黒い感情の乗った言葉に苛立っていたのだ。


「ていうか、友達の好きな人と一緒に行動するってことがおかしくない? 男に媚びて、男は自分の言いなりになるとか思っているんだよ。とられないように注意したほうがいいよ。親切な先輩からの忠告」


 二人は愉快そうに笑う。

 彼女は数か月間もこういうことを陰で言われ続け、いつしか気づき、胸を痛めていたんだろう。

 二人には悪意しか見られなかった。


「前にもいたけど、ああいう子って悪気はなかったっていいながら人の男を取ったりするんだよ。わたしってそういうタイプを一発で見抜いちゃうんだ」


 つらつらと得意げに語る彼女の言葉にむっとし、彼女を睨んでいた。


「そのあなたの知り合いと咲は一切関係ないじゃないですか。妄想で勝手なことを言わないでください」

「見ていたら分かるわよ。あの子ぶりっ子だもん」

「咲はぶりっ子じゃないですよ。ただおとなしいだけです。 そんなことの区別もつかないあなたの人を見抜く力なんてたかが知れているんじゃないですか?」

「はあ?」


 彼女たちは眉間を寄せ、わたしを睨む。


「咲に対する嘘の噂とか、陰口とかそうしたことは二度と言わないでください。咲があなた達に何かしたんですか?」


 彼女は一瞬息を呑んだ。二人の顔が青ざめたのを見て、そこで話が終わると思った。だが、二人は不機嫌そうにわたしを睨む。


「は? あの子、ちくったわけ?」


 青筋を立てた表情に背中に冷たいものが流れる。

 このままでは咲を巻き込んでしまう。


「わたしがあなた達が言っていたのを聞いたんです」

「だって、それっておかしくない? それならそんなあいまいな言い方するわけないじゃん」

「俺がこいつに言ったんだよ」


 突然聞こえてきた言葉に彼女たちは体を震わせた。

 わたしたちから少し離れた場所に立っていたのは西原先輩だった。


「文句あるなら俺に直接言えば? そっちのほうが手っ取り早いし」


 いつもとは違う射抜くような目に二人は顔を合わせる。


「別に何も言ってないです。ね?」


 彼女たちはこともあろうにわたしに同意を求めてきた。

 わたしが言い返す前に先輩が再び口を開く。


「六月に聞いたよ。あんた達が職員室近くの階段で彼女の陰口をたたいていたのをね」


 二人の表情が明らかに固まった。

 先輩は間をおいて言葉をつづけた。


「くだらないことばかりするなよ。ぶりっ子だとか、男に色目を使っているとか妄想を好き勝手に言ってストレスを発散させているんだろうけど、言われたほうの気持ちを考えたことあるのか? あの子が心無い言葉に傷ついて泣いていてもあんたたちはざまあみろとでも思ってんだろ。そんな奴らを好きになるほど賢はバカじゃないよ」


「だから言ってないですよ」

「もう二度と言わないなら賢には黙っておいてやる。どうするかはお前たちで決めろ」


 媚びるような上ずった声を先輩は一喝した。

 二人は顔を見合わせると、この場から逃げるように去っていく。

 先輩はわたしを一瞥すると歩き出した。ああやって怒りをあらわにする先輩を今まで見たことがなかった。いつも彼は優しく、穏やかな人だったからだ。


 彼を変えたのはあの二人のあまりの心無い言葉のせいだったのだろうか。

 それとも咲だからだったのだろうか。


「俺が聞いたのは三度目だよ」


 渡り廊下を渡り、一階に通じる階段を下りかけたとき言葉を漏らした。


「一度目は六月くらいだった。偶然、前原さんと帰りが一緒になって、そのときに聞いた。二度目は夏休み。賢の家に行って、一緒に買い物に行ったとき」


 二人が遅く帰ってきた理由におのずと気づく。


「どうして咲なんですか?」


 わたしは唇を噛んだ。


「ああいう人間の気持ちなんてわかりたくないけど、目立つのに大人しいからじゃないかな。彼女であれば表だって反撃をしてこない。知っても弁解もしないだろうし、他の人に陰口を言ったり、直接文句も言ってこないってわかっているからだと思う。あと、賢のこともあるんだろうな。二人で花火大会を見に行ったらしいんだ。そのときそれを見たらしい」

「そんなのただのやつあたりじゃない。先輩が咲を気にしていたのはそのことを知ったから?」


 彼は小さくうなずく。


「心配で放っておけなくなったんだ。いろいろあって人を信じられないんじゃないかなって」


 彼の言葉は抽象的だったが、何を言いたいのかはすぐにわかる。誰もが目を引くような美少女なのに、彼女は常に自信がなさそうで陰が付きまとう。時折、心が痛くなるほど悲しそうに笑い、必要以上に周りに気を使っている。見ているこっちが心配になってしまうほどだ。


「お前がああやって食い下がっているのを見て少しほっとした」

「当たり前です。咲はわたしの友達なんですよ」

「だけど、佳織も『友達』からあることないことよく言われていたんだ。お前がそういうことを言うやつだとは思っていたわけじゃないけど」


 彼は昔を思い出したからか、さみしそうに笑っていた。

 咲だけではない。彼女も目立つのだ。何かをしなくてもその整った顔立ちだけで嫉妬され人の反発を買うこともあるんだろうか。


「前原さんにはしばらく黙ってあげてほしいと思う」

「絶対言いません。それに言えません」

「ありがとう」


 寂しそうに笑う先輩を見ながら、さっきの候補がもう一つあるのに気づいた。それは咲と宮脇先輩が同じものを抱えているのではないかということだった。


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