途絶える関係と続く関係
二学期に入ってすぐに体育祭がある。
西原先輩が依田先輩のことを褒めていたように彼はひときわ目立っていた。
そんな彼のことをかっこいいと言っているのを何人か偶然聞いた。
体育祭が終わるとそんな余韻を残す間もなく、受験が目前に差し迫っていき、先輩ともめったに顔を合わせることもなくなっていた。
そんな状況に合わせるように学校の木々も徐々に姿を変えていく。
だが、変わったのは先輩達だけではない。わたしたちも二年のクラス決めの関係で大まかな進路選択を迫られていたのだ。受験という言葉が徐々に現実味を帯びだし、中にはもう志望校を固めている子たちもも少なからずいた。
「森谷君は工学部なんだ」
「まーね。今のままだとかなり厳しいけど」
「数学苦手だもんね」
彼は英語にめっぽう強く、そうした面では進路の幅は広がりそうだったが、数学の弱さがネックになっているようだった。
「今から頑張ればどうにかなるよ。わたしだって期末は少しましな点数になったもの」
「最近家でもやるようにしているんだけど、分からないことだらけで。依田に迷惑かけてそうで悪いと思うよ」
「愛理はあまり気にしていないと思うよ」
彼は学年でもトップクラスの成績を誇る愛理に勉強をよく教えてもらっていた。
彼女は教えるのもうまくテスト前などは人に捕まってばかりだった。
そんな様子は学校の先生みたいで、先生になればいいのにと言うと彼女は自分には向いていないと笑っていた。
「だといいけど」
そのときクラスメイトが森谷君を呼ぶ声が聞こえた。彼は英語のプリントを出すために一足早く教室を出て行ったのだ。
彼と挨拶を交わし、わたしは自販機の前に並ぶ。自分の番が来るとジュースを購入した。
この時期には必要以上に冷たく感じるウーロン茶を手に教室に戻ろうとしたとき、見慣れた姿が校舎の陰に歩いていくのが見えた。
久々に会う彼の姿に昼食時間を割いてでも挨拶をしようと決め、靴を履きかえると彼の後を追う。だが、わたしの足は不意打ちのように聞こえてきた言葉に止まっていた。
「好きです」
そこには見たことない女の子と、西原先輩の姿があった。
「今は誰ともつきあう気もないから。ごめん」
即答する先輩に、彼女はぺこりと頭を下げると顔を上げずに立ち去っていく。
先輩はふっと空を仰いでいた。二学期になってから卒業が近づいてきたからか、彼に告白して断られたという噂は何度も耳にしていた。
だが先輩は文字通り誰からの告白も受けようとしなかった。それは受験だからか、誰か好きな人がいるからか分からない。だが、そんな先輩にも前はあんなにきれいな彼女がいたのだ。
歩き出した先輩の後を追うこともできずに教室に戻ることにした。
愛理は持っていた携帯を置くと、りんごの写真が印刷されたジュースにストローを差す。
「真由もまじめに考えたほうがいいんじゃない? 先輩への告白」
その言葉に飲んでいたウーロン茶を詰まらせる。
「依田先輩から何か言われた?」
咲は苦笑いを浮かべ、お箸をお弁当箱に伸ばしていた。
彼女に西原先輩が好きだと言った記憶はなかったが、彼女は兄から先輩が遠くの大学を志望していることを聞き、そうわたしに発案してきたのだ。もう会えなくなるから告白は有りなんだと思う。だが、隣に住んでいるということがわたしの行動を抑えてしまっていた。
「でも、今はまじめだけど、大学に入って遊ぶようになるかもしれないし。後悔しないようにしたほうがいいと思うよ」
愛理の言葉を想像してちょっと嫌な気分になってきてしまった。特定の女性に本気になるのが嫌なのか、遊ぶのが嫌なのかと言われればわたしは断然後者だ。彼女ができればショックを受けるが仕方ないとは思う。だが、不特定多数の女の人に手を出す先輩は想像したくもなかった。
「あまり真由をいじめたらかわいそうだよ。先輩はそんなことないと思うよ」
「そうでも言わないと告白もできなさそうだからさ。真由は」
わたしは無言でお茶を飲み続けていた。
わたしが告白したら先輩はどうするんだろう。
今日のあの子のようにあっさりと断るんだろうか。
先輩の気持ちが分かる方法があればいい。その方法があれば、その方法を試していると思う。
愛理の携帯が光を宿す。
「裏庭にいるんだって。行ってきたら? 今は一人だってさ」
わたしが渋っていると、愛理はわたしのお弁当箱の蓋を閉めた。
「顔に書いてあるよ。先輩と話がしたいって」
彼女はわたしがそうしたいと思っていると確信しているようだった。分かりやすいのか、心の中を全部読まれている気がする。
わたしは愛理に場所を聞き、教室を後にした。
彼がいるという場所は以前三人でごはんを食べた場所だった。
土を踏み分け校舎の裏に回った時、ベンチに座る先輩の姿を見つけた。
彼を呼ぶと、振り返り目を細めてくれた。
「わたしも食べていいですか?」
「いいよ」
わたしは先輩の隣に座る。
先輩はパンの続きを食べていた。
あまりに普通でさっきの告白された余韻は全く感じさせない。
「いつもここで食べているんですか?」
「いつもは学食なんだけど、最近ちょっといろいろ面倒でさ。一人になりたくて」
「何かあったんですか?」
わたしが問いかけると、先輩はため息を吐いていた。
「今は受験のことで、頭がいっぱいなのに、つきあってほしいとか言われて。今はそこまで考えが回らないから。クリスマスとかどうでもいいし、興味もないし、いろいろ億劫になってきた。早く登校しないでよくなればいいのに」
さっきの告白のことが頭をよぎる。先輩が毒づくのはそれだけ差し迫った目標にそれだけ必死でいるからだとわかったからだ。今はそんな自分の気持ちを押し付けるべきじゃない。
「受験、うまくいくといいですね」
「まあね。浪人はしたくないし、じいちゃんたちも俺と住むのを楽しみにしてくれているみたいだし、二人きりにしておくのは心配だから」
少し照れたように笑う先輩を見る。
「おじいさんの家に住むんですか?」
「一応、そのつもり。じいちゃんが体を壊しているから、一緒に住んでいたほうがなにかと便利だと思うんだ。そこまで大学と離れているわけでもないし。父さんは一人っ子で、他に兄弟もいないし、俺が一番自由が利くし、近くの大学にやりたいこともあって一石二鳥だったからな」
彼の母親が春先にしばらく家にいなかったことを思い出していた。
そうであればつじつまが合う。
「先輩って優しいんですね」
そういう人を思いやれる優しさを持った彼のことを改めて見直していたのだ。
「優しい?」
「そう思いますよ。だって普通なら自由に束縛されたくないとか言って一人暮らしをしてしまいそうだけど、周りのことをしっかり考えている気がします」
「昔から可愛がってもらったからね。一人だけの孫だし。今の俺にできることはこれくらいしかないからね。それに二人とも個人を尊重してくれるから、一緒にいても苦にならないよ。賢や宮脇に会えて楽しそうだったし」
「依田先輩? どうして?」
「昔から一緒についてきていたんだよ。夏休みに、元気ないって言ったらあの二人も行くと言い出したんだ」
「だってあの日、依田先輩はいなかったですよね」
わたしは口にして一瞬固まる。
だが、西原先輩はたいして気にした様子はなかった。
「賢は一日遅れで来たんだ。用事があったらしくて。二人は顔を出して、大学の見学をして、二日くらいで帰ったよ」
「先輩の志望校?」
「俺と宮脇かな。賢はここの大学に進むみたいだから」
「大学も一緒なんですか?」
「物心ついたときから一緒で腐れ縁どころじゃないよな」
明るく笑っていた先輩の言葉に思わず言葉を飲み込む。
わたしと先輩の間にある日に日に削られていく時間は、宮脇先輩との間には存在しなかったと知る。
以前恋人同士だった二人はその時間を嗜むように過ごしていける。
やっぱりわたしと先輩の関係は遠い。
「どうかした?」
「なんでもないです。本当、すごいですね」
「まあな。今日、裕樹は何時ごろ家に帰ってくる?」
「四時半には帰っていると思いますよ」
「そっか。なら、同じくらいには家につくのか」
わたしが不思議そうにしていると、先輩は苦笑いを浮かべた。
「本を貸してほしいと言われたんだ」
「それなら一緒に帰りませんか? わたしと一緒だと家のチャイムを押さなくてもいいし」
そういったのは少しでも先輩と一緒にいたいという気持ちからだった。
彼は驚いたようにわたしを見るが、くすりと笑う。
「そうだな」
依田先輩が来るのを待ち、教室に戻る。二人に一緒に帰る約束をしたというと喜んでくれていた。




