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隣の先輩  作者: 沢村茜
第七章 先輩とのデート
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気付いた気持ち

 始めてここに来たときは同じ建物ばかりが並んでいると思っていたが、慣れてくると意外と細かい違いがある。

 初めて先輩と会った場所まで来ると、何気なく足を止める。そして、再び歩き出した。

 この道沿いに着物を扱っているお店があり、そこで買うことにした。


 学校帰りに可愛い髪飾りが売っているのを見かけたからだ。

 だが、お店の前に来たとき外から見えていた髪飾りがないのに気付いた。

 嫌な予感を覚えながら店の中に入り、近くにいた店員の女性に聞く。

 少し前に売れたことを教えてくれ、別の商品に案内してくれたがいまいち気に入るものがなくお店を後にすることにした。


 お店を出てため息を吐く。


「お母さんがどんなものを持っているか聞いておけばよかったな」


 いまいちだけど何もしないよりはいいんだろうか。

 でも、買うという決断を下せず名残惜しげに見つめたガラスのウインドウに見たことのある女性が立っていたのだ。


 思わず振り返るとそこには宮脇先輩がいた。彼女はジーンズに黒のシャツという飾り気のない恰好で、手にはそのお店の名前が書かれた紙袋が握られている。


 彼女はわたしと目が合うと、やさしく微笑んだ。


「偶然だね。買い物?」


 彼女はわたしと目を合わせると、微笑んでいた。


「浴衣の髪飾りを買いたいなって思って来たんですけど、売り切れでした」

「ここってそういうものも売っているよね。わたしもさっき買ったの」


 彼女は自分の紙袋の中を見せた。ピンクの小さな花のついた白の半透明のものが巻きついている髪飾りを確認できた。そこでわたしと彼女はほぼ同時に声を出す。わたしは驚きの声を、彼女は何か気づいたような小さな声だ。


「安岡さんが買いにきたのってこれ?」


 まさかそうですとは言えずに口ごもるわたしに彼女はその紙袋を差し出した。


「なら、これあげるよ。わたしは他にも持っているし。気にしないで」


 手の中にいつの間にか押し付けられた紙袋と、宮脇先輩を見比べる。

 そして小さくうなずいた。悪いとは思ったけど、どうしてもそれがほしかったからだ。


「ありがとうございます。お金はいくらですか?」

「いいよ。プレゼント」


 わたしが戸惑っていると、彼女は肩をすくめ鞄のサイドポケットから財布から取り出した。


「分かった。じゃ、これね」


 わたしはレシートに書かれた金額を確認してお金を払おうとしたが、親からもらったお札しか入っていなかったので小銭が足りないことに気づく。わたしがお金を渡すと、宮脇先輩は少し待っていてといい鞄の中を触っていた。あの筆箱に入っていたビニール袋が目に入る。

 わたしが声を出したからか、宮脇先輩が不思議そうに首をかしげる。


「どうかした?」

「すみません。のぞくつもりはなかったんですけど、そのピアスって」

「これ?」


 彼女の指先がそれをつかむと、わたしに見せた。

 彼女が好きな人からもらったと言っていたものだった。

 その好きな人が誰なのか、なんとなく分かっていた。

 今日の先輩とのことが頭をよぎり、宮脇先輩に問いかけていた。


「それは西原先輩にもらったんですよね?」


 彼女は驚いたように目を見開くと、目を細めうなずいていた。


「分かっちゃった?」

「なんとなく」


 そんなことは分かっていたはずなのに、やっぱり改めてそう示されるとショックを受けていたのだ。


「今日の花火大会楽しんできてね」


 わたしが返事を返せないでいると、宮脇先輩はその髪飾りを指さす。


「だから必要なのかなと思ったの。違っていたらごめんね」

「先輩は行かないんですか?」

「まだ決めてない。地元だし、何度も見たから今らさね一応、友達から行こうとは誘われているんだけどね」


 彼女からお釣りを受取り、途中まで一緒に帰る。

 時折、優しく微笑む彼女を見ながら、胸の奥がちくりと痛んでいた。


 先輩がわたしと裕樹を誘ってくれた。

 話の流れから、なんとなく誘ったのだろう。そこに他意がないことは嫌でも分かる。

 先輩はわたしと一緒の時に宮脇先輩とあったらどうするんだろう。

 宮脇先輩を誘えばよかったと後悔するのではないか。

 そう思ったのは二人の仲の良さをひしひしと感じたためだ。


 今こそ、森谷君の言っていた二人で過ごす時間を作るべきなのかもしれない。

 それでも、わたしは言い出せなかった。

 先輩と一緒に花火を見たかったからだ。

 宮脇先輩はわたしをかばってくれたのに。


 利己的な自分を戒めるために、そっと唇を噛んだ。


「終わったわよ」


 わたしはその言葉で我に返る。

 母親が浴衣を着るのを手伝ってくれたのだ。

 お礼を言うと、母親は部屋を出ていく。

 宮脇先輩から譲ってもらった髪飾りが頭の上で輝いている。

 すごく可愛い柄なのに、わたしより宮脇先輩のほうが似合うかもしれない。


 わたしはどうしたらいいんだろう。

 その答えが出せないまま、花火大会に行く準備をして、リビングに出る。


「行ってくるね」


 わたしはそう言い残すと家を出た。

 先輩の家をちらっと見る。

 変な約束をせずに一緒に行こうと言わなかったことを少し後悔していた。


 慣れない姿に人の視線が気になっていたが、途中から同じような恰好をした一団に呑み込まれ、ほっと胸をなでおろす。

 その流れにそうように歩いていると、待ち合わせ場所の近くだとわかる前に先輩の姿が目に飛び込んできてほっと胸をなでおろす。

 彼に近寄っていくために列からそれようとしたわたしの足は止まっていた。


 隣に立っているすらっとした女性の姿に気づいてしまったからだ。

 今日見たときのような格好とは違い、長い髪の毛を少しだけ後方で結い、残りは垂らしている。

 わたしの浴衣と同じオフホワイトの生地に朝顔の絵がプリントされている。

 派手な印象の浴衣だが、彼女が着ることで派手さが落ち着いて見える。

 その浴衣が彼女のために用意されたかのようによく似合っていた。


 自分の姿をなんとなく見る。特注じゃないから似ていてもおかしくない。

 全く同じじゃないけど、やっぱり似ている。

 それどころか、彼女は浴衣を着ているのに、わたしは浴衣に着られている感じがした。

 先輩はこんなわたしを見たら、どう思うんだろう。誰だって宮脇先輩と見比べてしまうと思った。

 こんなことならもっと違う、ピンクや黒、紺の浴衣を選べばよかった。

 宮脇先輩と比べられずにすむから。


 背後から見知らぬ人にぶつかられ、鋭い視線を浴びながらもぺこりと頭を下げた。

 楽しそうに笑う西原先輩を思い出し、再び彼らを見ることができなくなっていた。

 宮脇先輩を見ている先輩の笑顔がすごく楽しそうでその同じ時にわたしの姿を見られたくなかった。

 宮脇先輩を見ていたよりも、楽しくなさそうに見られたらどうしていいのか分からないから。


 そのとき過ぎったのは、宮脇先輩が好きな人と言っていた言葉だった。でも、それは彼女のためだけの言葉ではなかった。


 わたしもそうだった。

 どこかで分かっていたんだ。いじわるなことも言うけど、すごく優しくて、一緒にいるとドキドキしたり、ほっとしたり、いろんな気持ちを味わうことができた。


 そんな気持ちを与えてくれた先輩のことがどうしょうもなく好きになっていたってことくらい。

 でも、その気持ちを認めたくはなかった。


 わたしは踵を返し、逆方向に歩き出す。流れに逆走しているわたしを変な顔で見ている人もいた。でも、そんな目に構う余裕もなかった。


 ただ、この場から離れたかった。



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