約束の行方
閑散とした校舎がざわつきを取り戻し、運動着から制服に戻った生徒達がそれぞれの家路につく。
朱色の光が辺りを埋め尽くし、疲れた体をほんのりと癒してくれる。
靴箱に手を伸ばし、自分の靴を取り出すとコンクリートの上に置く。
卓球は三年生の知らない先輩が優勝し、咲は四回戦で負けていた。
バレーは準々決勝で敗退。男子のほうは二回戦で負けていたので、わたしのクラスの人は誰も入賞をすることがなかった。
それぞれが靴をはいたのを確認し外に出る。淡い光は建物の中から見るよりも、一層艶やかで、もの寂しかった。
宮脇先輩はすぐに戻ってきたけど、次の試合でほとんどポイントがとれずに負けていた。
他の人から理由を聞かれても、彼女は実力だと言い、問いかけに答えようとはしなかったらしい。彼女が負けた相手も別に強いわけではなく、次の試合であっさりと負けていた。
先輩との約束はなくなったことになる。だが、一人だけ際立っていた彼女が負けたということがすっきりとしなかったのだ。
校舎の外に出たとき、咲が自分の手をじっと見つめていた。
「どうかしたの?」
愛理が不思議そうに問いかける。
「宮脇先輩、手を気にしているみたいに見えたの」
「手?」
愛理はその言葉に眉をひそめる。
「朝は普通じゃなかった?」
「だよね。気のせいかな」
だが、彼女の様子はわたしにある一つのシーンを思い起こさせた。そうだと考えれば全て合致する。
わたしは歩いていた足をとめる。
「どうしたの?」
愛理が振り返る。
「ごめん。先に帰っていて」
わたしは学校に戻ることにした。
遅めに出てきたこともあり、もう学校には人気がほとんどない。わたしは真っ先に宮脇先輩が学校に残っている確証がないならがも、彼女の教室に向かうことにした。
階段をあがり、廊下に出ると先輩の教室に電気がついていてドキッとする。足音を殺し、中を伺うことにしたのだ。
風通しをよくするためか教室の前方の窓が半分ほど開いていた。そこに立っていた二人を見つけ、わたしは思わず柱の影に体を隠す。二人は恋人同士のように見つめあい、西原先輩が宮脇先輩の手をつかんでいたのだ。
「お前、手を怪我していたんじゃないか?」
「そんなことないよ」
だが、その明るい声に悲鳴に似た声が混じる。
「いつから怪我していたんだ? 昨日はしていなかったよな」
わたしは思わず教室の中を覗いていた。
「昨日」
「今朝もいつも通りだった。恐らく第三試合の前か」
彼女は軽く唇をかむと、首を横に振る。
「転んでしまってそのときに傷めたの」
「転んだ?」
「手をつくときに変なつきかたをしたの。面倒だから黙っていただけだよ」
第三試合の前。それはわたしを庇ったときだった。そして、今の結果につながっている。想像でしかあり得なかった点の事実が一本の線となる。
西原先輩は宮脇先輩から手を離した。彼は目を細め、彼女の頭を軽く小突く。
「怪我なら仕方ないか。映画を見たいなら一緒に行っていいよ。何を見たかったんだ?」
西原先輩の優しい声が聞こえてきた。先輩ならそう言ってもおかしくない。宮脇先輩は西原先輩を誘ったんだから その申し出を受け入れるんだって思っていた。
「うんん。いいよ。約束は約束だから」
「だから一緒に行ってもいいって」
彼女は大げさに肩をすくめると、笑顔を浮かべる。
「わたしは優勝したらと言ったもの。約束はきちんと守らないと約束じゃないからね。それに受験生のわたしには勉強に専念しろってことだと思うからいいの」
「別にお前がそういうならいいけどさ」
「そういうこと」
その言葉に彼女の器の広さを思い知らされた気がした。約束はしっかりと守り、結果にも責任を持つ。そして誰のせいにもしない。事実を言えば先輩によく思われるはずなのに。
「帰ろうか。せめて家までは送るよ」
「いいよ。久々だね。一緒に帰るの。お兄ちゃんも会いたがっていたよ」
「鞄は俺が持つよ」
「ありがとう」
足音が聞こえてきて、わたしが隠れる間もなく扉が開く。扉を開けた宮脇先輩と目が合う。彼女は笑顔を浮かべていた。
「わたしは先に帰るよ。またね」
わたし達を気遣い、歩き出そうとした宮脇先輩を呼び止める。
「あの違うんです。宮脇先輩に話があって」
さっきの宮脇先輩のついた嘘が気になり、わたしは本当のことを聞こうとした言葉を飲み込んだ。
「途中までだけど一緒に帰ろうか」
わたしはうなずく。
宮脇先輩は振り返り、教室内を見渡していた。
「安岡さんと門のところにいるから、鍵を返してきてね」
「分かったよ」
先輩からの返事を確認し、宮脇先輩は笑顔でわたしに合図し、歩き出す。彼女はわたしが先輩に聞かれていいか分からない話をしようとしていることに気づいているんだろう。この人が先輩の好きな人だったら、やっぱり敵わないと思ってしまっていた。
わたしは靴箱で靴を履き替え、深呼吸をする。心臓の高鳴りを感じながら、一足早く靴を履き替えた宮脇先輩のところにいく。
「手、怪我をしたんですか?」
彼女は表情一つ変えることなく笑顔で応じていた。
「転んでね。わたし、かなりドジで何もないところで転んだりするのよ」
「わたしにバレーボールが当たりそうになったとき、怪我をしたんじゃないんですか?」
「え?」
一瞬、宮脇先輩の顔が引きつっていた。それが答えを伝えていた。だが、そんなかげりもすぐに消える。
「違うの。あの後、転んじゃったの」
「本当はそうじゃないんですよね?」
わたしが何度聞いても、宮脇先輩は首を縦には振らなかった。
宮脇先輩が西原先輩をどう思っているのかは分からないが、好意的に思っていることは明らかだった。
わたしから西原先輩に本当のことを話したほうがいいんじゃないかとも思った。彼から彼女を誘ってくれるかもしれないから。
「この話は稜の前では禁句だからね。また、からかわれるから」
彼女は西原先輩が来る前にそう囁くように告げた。
西原先輩がこっちにやって来るのが見えた。
宮脇先輩は右手の人差し指を唇に当て、「秘密だからね」と言っていた。
わたし達は一緒に学校を出ることになった。わたしが宮脇先輩と並んで歩き、西原先輩はその後ろを歩いていた。荷物は相変わらず先輩が持ち、宮脇先輩が振った話に返事をする程度でほとんど話をしない。わたしのせいで二人が一緒に帰ろうとしたのを邪魔してしまったことになる。
朱に染まった四つ角の交差点で宮脇先輩が足を止める。
「ここまででいいよ。バイバイ」
「家まで送るよ」
「大丈夫だよ。遠回りになるから気にしないでいいの」
西原先輩は拒まれたことで強くはいえないのか、言葉を飲み込んでいた。




