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隣の先輩  作者: 沢村茜
第二章 思いがけない誘い
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雨の中で

「後半はあまり怖くなかったんだ」


 わたしが先ほどまでのように変な声を出さなかったからか、そう理解をしたようだった。本当の理由は左手をつかんでいるぬくもりにあった。わたしが黙っていたからか、先輩は図星だと思ったのか、あきれたように笑っていた。

 先輩を見ながら、先輩が手をつないでいること気づき、手を離してしまうのではないかということをただ怖れていた。


 先輩の視線が天に向く。


「もう降りだしそうだな。よく考えると、雨避けならこの中にあるゲーセンかみやげ物屋のほうがよかったかもな。時間制限もないし」


 彼はわたしの腕を引っ張ると、歩き出す。わたしを連れて行ったのはテーマパークの中にあるみやげ物屋だった。そのお店の輪郭がはっきりと確認できるようになったとき、わたしの頬を冷たいものが掠めていく。雲はより深い色を帯び、その重みを大地に解き放っていた。


 わたしたちは歩くスピードをはやめ、飛び込むように店の中に入った。その中は雨がふることを懸念しているのか、思ったより多くの人がいた。みやげ物を買うために見ているというよりは、物を遠巻きに眺めているだけの、時間つぶしをしている人が多いように思えた。


 そのとき、わたしの手にひんやりとした空気が触れる。先輩がわたしから手を離したのだ。名残惜しかったが、離さないでと言えるわけもなく、先輩の指先がわたしから離れていく様子をただ眺めていた。


「どうしようか。これから。しばらく降るかな」

「少し見に行きましょうよ」


 ガラス越しに天を仰いだ先輩を誘い、店の奥に行く。誰かにお土産を買うつもりはなかったが、今日の思い出に形に残る何かがほしかったのだ。だが、お金に余裕があるわけでもないので、高いものはかえない。キーホルダーや絵葉書などこにでも売っている物を中心にお店の中をうろつくことにした。先輩はわたしの傍で品物を眺めている。


 こまごまとしたものが並ぶ中で目を引いたのが、このテーマパークのマスコットのイルカのついたストラップだ。材質がガラスでできていることもあり、本体が半透明に見えるように加工されている。わたしは先輩にそれを買うと伝え、レジまで行く。それを白の半透明の袋に入れてもらい、濡れないようにカバンの内ポケットの中に入れておく。


 雨が弱くなるのを待ってお店を出て、駅に向かうことになった。もっとここにいたいと言えなかったからだ。まだお昼を回ったばかりなのに、切符売り場には小さな列ができていた。わたしたちと同様に雨で遊ぶことをあきらめた人たちなのかもしれない。


 二人分の切符を買い、一枚を先輩に渡すと、改札口を抜け、ホームまで行く。ホームも駅の切符売り場同様に人で溢れていた。


 しばらくその場で時間を潰すと、電車が低いうねり声をあげながらホームに入ってきた。空気の抜ける音と共にあいた扉の中に入った。車列の長い電車だったのにも関わらず、電車の席は同じ駅から乗った人であっという間に埋め尽くされていく。わたしたちが乗り込む頃には見渡す限り席が埋まっていたので、入った扉付近でたっておくことに決めた。わたしを座席のほうに立たせ、先輩は扉側に立つ。そのとき、先輩の髪の毛に水滴がつき、淡い光を帯びているのに気付いた。


「今日は結局、半日しか回れなかったな」


 先輩の言った嘘が奇しくも実現した形になってしまっていた。

 名残惜しそうに言ってくれた先輩にまた行きましょう、と言おうとして、言葉を飲み込む。今日は先輩が優しくしてくれたが、それはわたしに同情して一緒に行ってくれたに過ぎない。わたしたちの関係は来週も会おうと軽々しく言えるような彼氏、彼女の関係ではなく、ただの高校の先輩後輩でしかないことを思い出したからだ。


「ついてなかったですね」

 無難な答えを引っ張り出したとき、電車が開いたときと同じ音を鳴らしながら扉を閉めていく。車体が一度大きく揺れ、ゆっくりと動き出す。


 いつの間にか雨粒も大きくなり、電車の窓にぶつかり、その形状を崩していく。窓からテーマパークを垣間見ることができたが、空はさっきよりも重苦しい色に変化していた。そのテーマーパークを名残惜しそうに見ている先輩を見て、意外と楽しかったという言葉は彼の本心だったのかもしれないと思うと、心の奥が弾んでいた。



 家の最寄の駅に着くと、さっきと同じような強い雨が地面を叩きつけていた。先輩は自分の鞄に手を伸ばすと、鞄の中から紺色の折りたたみ傘を取り出す。


「傘、持っていたんですか?」


 今日の天気予報だと晴れと言っていたし、降水確率もあまり高くなかったはずだ。


「一応ね。絶対降らないと思ったのに、母さんの言うことも当たるもんだな。自分が出かけるときはよく傘を忘れるのに、人が出かけるときはやけに勘がいいんだよな」


 和葉さんとはじめてあったとき、彼女が雨にぬれていたことを思い出した。

 先輩がその傘の袋を取り去ると、少し離れた場所で、傘を開く。紺色のビニールがあっという間に広がる。


「入れよ。傘、無いんだろう?」


 わたしはうなずくと、先輩に寄って行く。先輩と一緒に駅を出た。だが、折りたたみ傘なので、そこまで大きなものではない。先輩に密着できないわたしの肩に雨が直接ふり込んできた。それに気づかない振りをしようとしたときだった。


 突然、雨に濡れた左肩をつかまれた。そのことに何がおこったのか分からなくて、頭が混乱していた。先輩はわたしの肩をつかんで引き寄せてきたのだ。


「そんなことしてたら濡れるって。折角傘を貸す意味がないだろう? 窮屈だけど家に帰るまでは我慢して」


 先輩はあきれたように笑っていた。

 ごめんなさいとか、ありがとうとか色んな言葉を言いたかったが、上手く出てこず、先輩の言葉にうなずいていた。


 雨にぬれて、体温を奪われているはずなのに、強引につかまれた左肩が熱を持ったみたいに熱かった。普通に歩いているだけなのに、時折先輩の体が当たる。そのたびにぶつかった場所が熱を持つのが分かった。

 頭が混乱しているわたしとは異なり、先輩は涼しい顔をしていて、動揺した素振りも見せない。

 こんなに近づいていて嫌じゃないですか?

 そう心の中で問いかけてみるが、実際に言葉に出すことはできなかった。


 時折、雨が横殴りになってきて、びしょぬれとはいかないまでも、洋服や髪の毛が濡れてしまっていた。だが、それはわたしだけではなく先輩も同じで、先輩の髪の毛はべったりと顔に張り付いていた。

 わたしが一緒だから雨を避けられないのかもしれない。


「わたし、大丈夫ですから」

「分かったから」


 ぬれている先輩に対して申し訳なく思い、その場から逃げようとしたが、先輩の手が再びわたしをつかみ、逃がしてくれなかった。わたしが気にしているということを察したのかもしれない。


 マンションの前に着く頃には二人とも上から下まで水びだしになっていた。エントランスに水の道を作りながら、エレベーターまで行く。丁度とまっていたエレベーターに乗り込むと、ほっと息をついた。先輩は肌に流れてくる水滴が気になったのか、前髪を乱雑にかきあげていた。先輩の髪の毛が四方八方に向くが、それでも汚く見えることもなく、絵になるのが不思議だった。


 エレベーターがとまり、廊下に出る。小ぶりの雨なら避けてくれる屋根も、今日ばかりは無意味なものと化し、コンクリートの色を深い色に変えていた。滴る雨に足をとられないように気をつかいながら、家の前まで来ると、鞄を前方で握り、先輩を見る。


「ありがとうございました。いろいろと」


 先輩の手がわたしの頭に触れる。その手がわたしのぬれた髪の毛に重なれられるのが分かった。 何度もされたことなのに、どきどきしてしまっていた。


「俺も楽しかったから」


 先輩の手が離れるのを確認し、頭をさげ、家の中に入ろうとした。だが、まわしたノブははりついたように動かない。鍵がかかっているんだ。チャイムを鳴らすが、家の中は静まり返り、インターフォンに応じる声も聞こえなかった。


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