表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
球流れ  作者: 佐友里
7/7

球流れ #07

「先生。先ほどの電話で会話した通り、私は焼肉屋に行こうと考えているのですが、一緒に来られますか?」

アミはハンドルを握り、正面を見ながら、サイドシートに座る広枝に聞いた。時折、(だいだい)色の街灯が横顔を遮った。

「夜ご飯は食べたんだけど、この時間帯でまたお腹が空いてきたー」

「了解しました。そこのお店は、とっても美味しいらしいですよ。私もこの時間に一人で行くのは寂しかったので、先生からお電話を頂戴して良いタイミングでした」


車は大通りから脇道に入り、閑散とした路地で止まる。光量の足りない街灯がもどかしい。

古くも味のあるアパートメントと、オフィス外の狭間に、"美牛"という焼肉屋はあり、先ほどの歌舞伎町とは対照的に、慎ましい店構えだった。


そのお店は淡々としていたが、手入れされた庭園が包み、上品で暖色の間接光、気品のある活花。余ほどの贅沢をしたくても、足を運ぶことはないであろう、現実感のない料亭のような店構えだった。


店員の案内に従って、広枝とアミは席に通された。


席に座ると、アミは顔を見上げ「車ですので、お酒は要りません。よろしくお願いします」とだけ頼み、店員は深く会釈をしたかと思えば、次の瞬間には、音も無く丁寧に(ふすま)を閉めた。

広枝がその一連の無駄の無い動作に関心しつつ、少年のような不思議な表情で聞く。

「料理は頼まないの?」


「ここはそういう類のお店なんですよ。先生は堂々としていてください」

屈託(くったく)の無い笑顔でアミは返答したが、その反面、広枝はうろたえていた。



すぐさま、料理は運ばれてきた。


キムチとさっぱりとした漬物の盛り合わせ。

梅のエキスとレモンの酸味が程よい透明なタレに、脂のりの良いタン塩。

醤油と味噌のコクが利いた甘口のタレで味わう、リブロースカルビ、ほほ肉、厚切りのサーロインに、山葵わさびが添えられたハラミ。

脂を温める程度で食べられる新鮮な各種ホルモン。磯の香りが残る大きな車海老と帆立貝は粒の粗い岩塩が絶妙。

一口、一口の肉を飲み込めない程に嚥下(えんげ)を繰り返した。

〆(しめ)には、焼音が残ったまま出される石焼ビビンバを、さっぱりとした若布(わかめ)スープと交互に味わい、最後にはメロンと桃のシャーベット。料理を堪能した満足感は余韻となり、頭の中で反芻(はんすう)させられる。


食後のお茶を飲みながらも、冷や汗が(にじ)む。


予想はしていたが、支払いの額面を見た刹那、眉をひそめた。



広枝は項垂(うなだ)れながらクレジットカードを差し出して(ささや)いた。


「領収書を切って下さい。宛名は広枝探偵事務所で」―――




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ