球流れ #06
「お疲れ様。アミちゃん?今どこ?」
受話器越しの相手は、てきぱきとした声で返した。
「ちょうど先ほど会社を出て、帰宅中でした。こんな時間に先生は、どうなされたんですか?」
「今、新宿なんだけど、終電なくなっちゃったー。タクシーもお金掛かるし、自慢の車で迎えに来てくれない?」
「自分はちょうど、代々木で遅くまでやってる焼肉屋に行こうと思っていたところでした。回収しますので一緒に行きませんか?」
淡々とした声色だった。
「焼肉?う、うん。お願い。すぐに位置情報送るから宜しくー」
数十分後、広枝の携帯が鳴った。
「先生、先ほど送ってくださった地図座標の近くの山手通りで停車中なんですが、少しだけご足労願えませんか」
そう言われて、受話器を耳に当てたまま広枝は、とぼとぼと大通りを目指した。ちょうど目的の車が対向車線側でヘッドランプを光らせており、手を振ると、そのランプは点滅を返した。
サイドシートに深く身を預けると、深い溜息をついた。
「先生、非常にタバコ臭いのですが、禁煙中ではなかったのですか?」
「ゴメンゴメン、禁煙は守ってるよー。でも、さっきまでタバコが充満する場所に居て、この臭いは不可抗力」
「左様ですか。先ほど缶コーヒーを買っておいたんですが、ブラックで良かったですよね?」
「うん、ありがとう。僕はアミちゃんが居なくなったら、ダメ人間だねー」
広枝は、アミに頭が上がらなかった。常に頭が回り、大変に気が利く人物だった。勿論、手渡されたコーヒーは望んだ通りのホットだった。
「そうおっしゃっていただけると光栄です」
アミは大変に義理堅く、謙虚で、従順だった。そんな姿勢に広枝は度々、そこまでする必要もないのに、と萎縮する。
缶のプルタブを開けると同時に、車はゆっくりと走り出した。