球流れ #04
萩原に誘われたパチンコは、概ね一時間が経過していた。
広枝は使えるお金が無くなり、隣の萩原を眺めるので精一杯だった。
いつまで待てば良いのか分からず業を煮やしていた広枝の消失感とは裏腹に、その当人は、やかましい程の大当たりを続け、広枝に一瞥をくれると、笑いながら人差し指と親指で輪っかを作りながら、にやけていた―――
「ちょっとは空気を読んでよね」と言ったのは更に一時間後。二時間とは云え、結果として広枝は負け、微笑む萩原は4万円の勝利だった。
剥くれている広枝に萩原は快活に答えた。
「終電まで未だ時間があるから、俺の奢りで呑み直さないか?高いお店じゃなく、さっきみたいな普通のお店になっちゃうけど」
「当たり前だろー、連れて行ってよー」項垂れていた広枝にとっては、苦い顔が綻ぶ提案だった。
梯子した先の居酒屋は、先ほどまでのパチンコ屋と比べて、目にも耳にも鼻にも居心地が良い。
「負けた分ぐらいは呑ませてよね」不貞腐る体で広枝は口を丸めた。
「幾ら負けたの?」
「二万円ぴったり。一時間で二万円だから、一分ごとに333円溶けた。そこら辺の回転寿司でお腹が破裂するまで食べても間に合わないよ」
「その例えは分からないけど、負ける時はそういうもんだよ。普通はビギナーズラックってやつで勝ったりするけど、一番初めにボロ負けした方が良かったのかも。パチンコという経験はしつつも、金輪際やらないって思っただろう?」萩原は悟った風に嗜なめた。
「もう行かないけど、やっぱ楽しいって思う瞬間はあったよ。脳が熱くなって興奮する感じ。対価としては高すぎるけど」
「それなら、尚更もう、やらない方が良いな。伝わらないかもしれないが、当たらなかったことが幸運だと思え。俺みたいに嵌ってしまうと損するだけだし、ヒーロはギャンブルに向いてないのかもな」と笑いながらタバコを息吹かした。
「ゲームとかは得意なんだけどね。実際にお金を掛けるのはちょっと恐いし、実際に目の前で自制心が利かずにお金がなくなっていったから、とてもじゃないけど、もうやろうとは思わない」
「お酒も似たような物だけどな」注文を運んできた店員を見ながら萩原は言った。
二度目の乾杯の後、広枝はグラスを傾けながら宙を見上げて言い放った。
「ゲームとかは良いんだ、あくまで遊びだから。でも、パチンコは、遊びとはちょっと違う」
「と言うと?」萩原を興味深そうに耳を傾けた。
「"楽しい"って云うのは、リスクのない選択肢を選べる状況の事を言うんだよ」
萩原は一瞬顔を顰めた後、
「ヒーロの言ってることは正しいよ」
続けて萩原は聞いた。
「それで次は何を呑む?」今一、意味が理解出来なかったかのように、萩原が諭すように促した。
「ジントニック!もうビールは要らないよー」広枝は、おどけた。
ギャンブルに負け、若干、落ち込んでいた広枝も笑顔を取り戻し、昔話に花を咲かせた。
「三丁目の駄菓子屋の黄粉餅、覚えてる?あれって串に当たりくじがついてて、当たったら、おまけで同じ餅と、当たり抽選が続いて、ハギーは7回か8回くらい連続で当たり続けてたよねー。一緒にいた皆もワクワクしてたし、何よりも、あの駄菓子屋の性悪おばちゃんがニコニコしてたのが印象に残ってるよ」
「覚えてる、覚えてる。あの時は楽しかったな。でも、あそこのババア、そんなに印象、悪かったか?」
「僕は嫌いだった。だって一回も当たりくじ引かせてくれないし、おまけもしてくれないんだもん。しかも一回お釣りを間違えられた」
「それはヒーロの単なる逆恨みで思い込みだよ。それに当たりくじは誰も引かせてくれないんだよ」萩原はその日一番大笑いをした。