私の気持ち
「奈月ってさ、私のこと嫌いなの?」
学校からの帰り道、隣を歩く住吉が話しかけてきた。
「え、なに、どゆこと?いきなり何よ?」
質問の意図がわからなくて、住吉の問いに答えずに質問してしまった。
いきなり「私のこと嫌い?」とか言われて即答できる人はいないだろう。
それに、こういう時って普通「私のこと好き?」って聞くもんじゃないだろうか。
・・・それはそれで変な気もするけど。
住吉は頬をうっすら赤く染めながら(なぜに?)言った。
「や、だってさ、奈月の方から話しかけてくれる事、あんまりないじゃん」
「へっ?」
私は思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
私の方から話しかけないから、私が住吉のこと嫌いって?なんだそりゃ。
「いやいや、嫌いだったらわざわざ一緒に帰ったりしないっしょ」
そんなの少し考えたら分かることだろう。私なんかよりよっぽど頭のいい住吉らしくない。
「大丈夫?熱でもあるんじゃない?」
私が手で住吉のおでこに触れようとすると、住吉は慌てて後ろに跳び、私から離れる。
「や、大丈夫、大丈夫だからっ!」
そう言う住吉の顔はさっきよりも赤い。やっぱり熱があるんじゃなかろうか。
「大丈夫って言うなら、そういうことでいいけどさ」
そこで私は、さっきの住吉の質問に答えていないことに気がつく。
「私は住吉のこと、好きだよ」
好き、まで言ったところで
「え、な、なに言って・・・っ」
ボッ、って音が聞こえそうなくらい、住吉の顔が赤くなった。
「ちょ、顔赤い赤い!やっぱ熱あんじゃん!」
私は慌てて住吉の体を抱き寄せる。おでこに手を伸ばすと、今度は抵抗されずに触れることができた。
手のひらから伝わる住吉のおでこの熱は暖かいけど、熱があるというほどでもなかった。
でも、それならどうしてこんなに顔が真っ赤なんだろうか。熱はなさそう、というのはあくまでも私の体感だから、本当はけっこう熱がでているのかもしれない。大事をとるにこしたことはない。
「私の家すぐそこだし、寄ってく?てか、寄ってきなさい」
住吉の家まではまだ20分ぐらいかかる。もう見えている私の家で休んでから帰らせた方がいだろう。この顔の赤さで住吉を一人で帰らせるわけにもいかない。
「な、奈月の家?い、行っていい、の?」
住吉はあくまでも遠慮する。キツいのはあんたでしょうに。私のことを考える必要はない。
「そんな顔赤いのに帰らせらんないって、ほら、もう着いたから」
歩きながら話していたので、もう私の家に着いてしまった。
「奈月の部屋に入ったら、もっと顔赤くなるというか・・・」
「え?」
上手く聞き取れず、聞き返してしまう。
「な、なんでもない」
そう言う住吉の顔は、心なしかさっきよりも赤くなっている気がする。
私の家は、家賃5万のアパートの1階だ。築30年で、そんなに新しくないけど私は気に入っている。
ポケットからキーを出して、鍵穴に突っ込む。キーをひねると、鍵は抵抗もなくすんなりと開いた。
「ほら、上がって上がって」
私は住吉に入るように促す。
「お、お邪魔しまーす」
住吉は私以外に誰もいないのに律儀に挨拶をする。私が一人暮らしなことは、前に話したんだけどな。
住吉が入った後、私も中へと入り、後ろ手で鍵を閉める。住吉は玄関にペタンと座っている。何故か靴を脱ごうとしない。もしかして靴も脱げないほど体キツイ?
「大丈夫?靴、脱げる?」
「ん、大丈夫。てか、ホントに、入っちゃっていい、の?」
今更何を言ってるんだこの子は。
「ホントも何も、もう入ってるでしょうが」
住吉は頭が上手く回っていないようだ。やっぱり、らしくない。
「歩ける?私の部屋行こう」
廊下を抜ければすぐに私の部屋だ。というか、自室兼リビング兼ダイニング兼寝室だったり。一部屋しかないから、当たり前だけれども。
「そこのベッドで休んでて。タオル濡らしてくるから」
そう言って、私はタンスからタオルをとり、部屋を出て流し台に立つ。タオルを水道水で濡らして力一杯絞ると、小さいナイアガラの滝みたいに水が出てきた。けれどその水はすぐに出なくなる。・・・今の例えは、ミスマッチでした。
部屋に入ると、住吉が私のベッドにうつ伏せで寝ていた。うつ伏せの方が楽なのかもしれない。
「住吉、大丈夫?」
「だっ、大丈夫!奈月の匂いとか嗅いでないから、大丈夫っ!」
お前は何を言ってるんだ。頭をちょっと狂わせるぐらい熱がひどいようだ。早くタオル当ててあげないと、まずいかも。病院はもう閉まっちゃってるし。
「ほら、仰向けになって、タオル濡らしてきたから」
住吉は私の言う通りに仰向けになった。まだ、顔は赤い。
住吉の髪を払って、おでこにタオルをのせる。住吉の黒髪はとてもさらさらで、触ってて気持ちがよかった。
「しばらく寝ててね。住吉の親には私が連絡しとくから」
住吉と出会ったのは高1の5月。住吉がナンパされているのを目撃して、助けたのがきっかけだった。実は私、中学の頃ヤンキーだったので(思い出したくない黒歴史)並の男なら8人ぐらい束になってかかってきても勝てちゃったりする。それから住吉とよく一緒にいるようになって、半年経った今では昔からの友達みたいな感じがする。そんなわけで、住吉の家には何度も遊びに行ったことがあるから、住吉のお母さんは私のことを知っている。お父さんは単身赴任だそうな。私は一人暮らしだから、例え口うるさかったりしても親と一緒に住んでいるというのはちょっとうらやましい。
「待って、連絡しないで!」
携帯をつけて住吉の親に電話しようとしたら、住吉に止められた。
「なんで?」
風邪どころか、インフルエンザかもしれないんだから、親には連絡しておかないといけないだろう。
それを言おうとすると、住吉に遮られた。
「顔が赤いの、熱があるからとかじゃ、ないから!」
「熱があるんじゃないなら、なんで顔が赤いの?」
当然の疑問を、住吉に聞く。
「それは、その、強いて言うなら恋の病・・・かな」
恋の病。なるほど、そうきたか。
「ボケとしては30点だね」
「点低っ!てかボケじゃないから!雰囲気壊すのやめて!?」
はて、ボケじゃないならマジで言ってるわけか。
「やっぱり熱でやられて」「ないから」「はい」
じゃあ、なんなんだろうか。
「言いたいことあるなら、はっきり言って、住吉」
私はきつめの口調でそう言った。中学の時の友達に「その口調で命令されると逆らえねーわ、マジコワ」と言わしめた口調だ。
「え、っと・・・それは、・・・さ、うぅ」
「住吉」
さっきよりも口調を強める。中学の友達いわく、「マジギレしてるみたい」レベルの口調。
「じゃ、さ、奈月、その、言っても、気持ち悪がったりしないって、誓ってくれる?
「どんとこい」
何を言われても構わない。中学では度胸だけはついた。
「その・・・橋谷 奈月、さん」
「ん」
「初めて会った時から、好き・・・、です」
・・・へ?
それを言うだけなのにこんなに渋ってたの?やっぱ熱あるでしょ、住吉。顔、今まで一番真っ赤だもん。
「何を今更、私も住吉のこと、好きだよ?」
「それはさ、友達として、でしょ」
つまり、住吉は友達としてではなく、
「恋愛対象として、私が好き・・・ってこと?」
「そう」
えっ、と、話を整理しよう。
住吉は、私のことが好き。あ、整理できてる。・・・ただ、理解はできてない。
住吉が、私のことを好き?初めて会った時ってことは、ナンパから助けた時から、ってことか。そんときからずっと、私のことが恋愛対象として、好き・・・だったの?というか疑問符をつけるまでもなく、住吉がそう言っている。
でも、そう考えるとつじつまが合う。
好きな人におでこに手あてられて、友達としての意味とはいえ面と向かって好きって言われて、そんなの、私でも赤面してしまう。
そっか。住吉、私のこと好きだったんだ。うん、それは理解した・・・けど、なんて言えばいいの?女の子どころか、男の子からだって告白されたことも、したこともないのに。
私も好きとかいえばいいの?返事は明日、とか言えばいいの?ごめん、って言えばいいの?
なにをいえばいいか、全然わからない。だから、私は聞いた。
「住吉は私に、なんて答えて欲しいの?」
即答だった。
「自分の気持ち、話して」
自分の、気持ち。それを素直に言える人は少なくて。誰だって、自分の心に嘘をついて生きていて。でも、目の前にいる少女は言ってくれた。自分の気持ちを、素直に。
だから私は、それに応えたい。
「住吉。私は、私は。」
人生初めての告白。相手が男の子だろうが、女の子だろうが、関係ない。自分の気持ちに、まっすぐに。
「私は、あなたのことが、恋愛対象として、好きです」
言った。言ってしまった。もう、戻せない。戻れない。戻らない。
「なつ、き」
ガバッ、と。文字通り、ガバッと、住吉は私に抱きついてきた。
「奈月奈月奈月奈月奈月好き好き好き好き好き好き好き好き!」
甘い言葉が、弾幕のように耳に飛び込んでくる。
「世界で、ううん、宇宙で一番、奈月が大好き!」
住吉は私の体をきつく、でも優しく、抱きしめてくる。
「えと・・・」
慣れてないので、どう動けばいいのかわからない。住吉のさらさらの髪からは甘い匂いがして、とろけてしまいそう。
ふいに、住吉の体が離れた。でも、それは一瞬。
突然、本当に突然、唇がふさがれた。
「ん・・・っ」
ドラマとかで、目を閉じてキスするシーンをよく見るけれど、そんな目を閉じる暇なんてなく、キスされた。
住吉のキスは、甘くて、ふわふわで、とろとろで・・・体が、浮いていってしまいそうだった。
何分そうしていただろう。いや、ほんとは数十秒、数秒だったかもしれないけど、私はそう感じた。
離れるときは、ゆっくりと。少しずつ、少しずつ住吉の顔が離れていって。真っ赤な顔をした住吉と、見つめあった。たぶん同じくらい、私も顔が赤いと思う。
こうして改めて見てみると、住吉は本当に整った顔立ちをしている。可愛い、と言うよりは、綺麗、と言うべきかな、そんな顔。
「奈月、ファーストキスだった?」
住吉が聞いてくる。
キスどころか、人と抱きつかれたのも初めてだ。
「うん・・・ファースト、キス、だよ。・・・住吉、は?」
住吉のことだし、初めてじゃないだろう、上手かったし。でも返ってきた答えは予想とは違った。
「もち、初めて。初めてが奈月で、本当によかった」
「え、初めてなんだ・・・めちゃめちゃ上手かったよ?」
思ったままのことを言ってみる。
「そ、そう?それは、ありがとうございます」
「どういたしまして?」
「ふふっ」
「あはっ」
「ふふふっ」
「あははっ」
「ふふふふふふふふふふふっ」
「あははははははははははっ」
2人して笑いあった。長く笑っていると、お腹痛いってのは、本当だ。あと、息もできなくなる。
「はー、おっかしー」
息を吸って、吐いて。そうして息を整えると、聞きたいことを思い出した。
「ね、住吉」「何?」「私のどんなとこが、好きなの?」
カップルなら、一度は質問しあったであろう、その質問。
住吉の答えは、簡潔だった。
「勿論、全部。奈月は?」
そんなの、決まってる。
「ぜーんーぶ!」
お互い、全部が好きなんだ。
「私、ガサツだし、男っぽいとか言われるし、色々至らない所が一杯だけど、これからもよろしく、住吉」
そんな私に、住吉は。
「私も家事下手だし、寝相悪いし、すぐ顔赤くなるし、色々ダメだけどさ、よろしく、奈月」
ちゃんと、向き合ってくれる。
「ね、住吉、もっかいキス、しよ?」
「勿論いいよ。でも奈月、恋人同士なんだから名前で呼ぶべきじゃない?」
そうか、恋人って言えば名前で呼び合うのか。そりゃそうか。そういえば、一度も名前でよんだことなかったな。
「大好きだよ、有紀」
fin
筆者の妄想と勢いで書いた小説です。