五. 思慕
「都では、粛正の嵐が吹き荒れていました。
謀反を企てたとして、妃の側にいる者たちが捕らえられ、十分な詮議もおこなわれないうちに、次々と処罰されていたのです。
けれど、都を遠く離れ、異国の土地を転戦している郭将軍には、そんな話など伝わってきません。
謀反の首謀者の一人と目され、妃と不義の間柄にあるとされていることなど、知る由もないのです。
奸臣どもは事を進め易くするために、わざと郭将軍を辺境へと送り、情報を遮断していたのです。
郭将軍は、麗姫を王妃にしようと画策する奸臣どもの動きに、警戒の目を向けていました。
目的を遂行するには手段を選ばない、どんな卑劣な手を繰り出してくるかわからない連中です。
できうるなら直ぐにでも国に帰り、妃の盾になりたいのでございます。
それは、ひと月ほど前のことでございました。
戦地に手紙を携えてきた家人が、都で流れ始めたある噂を話し、どうぞお気をつけください、と云いおいて帰ったのです。
それを耳にしたとき、将軍は即座に憤慨いたしました。
しかし、冷静に己を省みると、心の深い部分を覗かれたように、後ろめたさを覚えたのです。
妃を陥れるために流布された噂の出所は、あの白い雌狐に相違ありません。弁舌巧みな、かの女の讒言を、王が信じてしまうのを、危惧したのでございます。
それが、今に至り、確信へと変わり、妃が窮地に立たされていることを、将軍はなによりも心配しているのでした。
清らかな梅の花が、邪な風に散らされてしまわないようにと、祈るばかりです。
『王とはこれまで、胸襟を開いて語り合ってきた。
しかし私の胸の内には、王に語れない想いがあった。
口にしてはならない、誰にも悟られてはならない想いだ。
だが、それは己でも気づかぬうち、あの方に接する折々に、自然と現れていたのかもしれない。
それは、王に疑いを抱かせるのに十分だったのだろう。
あの方の立場を危うくしたのは、私の『想い』であったのかもしれない。
王よ、あなたは大変な過ちを犯している、あの方の心はあなたのものです。
あの方は、誰よりも深くあなたを愛している。
お疑いならば、私の心臓を切りだして、あなたに差し上げます。
どうぞ手ずから数えてください、君子は心臓に七つの穴があるといいます。
私の言葉に偽り無きことを、わかっていただけると思います。』
一刻もはやく都へ戻り、あの方をお救いしなければならない、──将軍はその一心でございました。
『あなたをお慕いするこの想いが罪だとするのなら、甘んじて罰を受けます。
あなたをお救いできるなら、この命、惜しくはないのです。』
援軍は大河の前に待機したまま一向に河を渡る気配はありません。
再三の要請にも返答はありません。
その間に、事態は悪化し、身動きの取れない状況に追い込まれていました。
兵糧も残り僅かとなり、城内の兵士たちに憤懣が募っております。」