四. 贐
「王は冷ややかに妃を見据えます。
宴席に居並ぶ者たちも、興が醒めたと言わんばかりに、白々とした視線を注ぐのでございます。
『私は情けをかけた。
この宴は、黄泉へ旅立つそなたへの餞である。』
希望の灯は、目前で吹き消されてしまいました。
もはや手立てはない。
私の言葉は効力を失い、王を動かすことは二度とない、──妃はそう悟りました。
そして今日、国の混乱を招いた責任は自分にもあり、その罪を贖わなくてはならないのだと思うのでした。
『王よりの贈り物、謹んで頂戴いたします。』
王の傍らには、麗姫が座っております。
誇らしげに笑みを泛かべる白い顔を、妃は毅然と見返します。
私の言葉に偽りはない。
邪な者たちには、遠からず天の裁きが下ることでしょう、──死を決意した目が、静かにこう語るのです。
国母として最後まで誇り高くあろう、──盆の上の小瓶を袖に隠し、妃はひと息にあおったのでございます。
やがて、体はカタカタと震えだし、口元を押さえた碧い衣装の袖口が、赤黒く染まってゆきました。
死にゆく妃の眼には、朧に滲んだ紅白が映っております。
それは、梅の花。
その梅木は、二つの幹が寄り添って、世にも珍しい紅白の花を咲かせる、一ツ木の体をなしていたのでございます。
かつて、王と妃はこの梅木を前に誓いを立てました。
『身を寄せて、冬の寒さを耐え忍び、花を咲かせるこの木のように、幾歳月が流れても、互いを慈しみ、心を固く結び合わせていよう』と。
されど歳月が流れてみれば、その誓いも遠い潮騒、時の波間を漂うままに、塵芥と消え去ったのございます。
目に映るものすべては沈みゆく夕日の色に染まり、光を失った妃の眼から、赤い涙が流れ落ちました。
枝に止まった小鳥が羽を広げて飛び立ちますと、花は揺られてホロホロと、小さな花弁を零すのです。
妃の体は、糸を裁たれた人形のように頽れました。
王が、席をお立たちになります。
妃が息絶えるのを確かめるまでもなく、王は麗姫を伴い、その場をお離れになりました。
そして一方。
郭将軍は遠い異国の戦地から、都の春を想っておりました。
かつて若かりし日、訪れた屋敷の庭で耳にした琴の音色と、それを爪弾く清らかな乙女の姿を想い描いておりました。
その姿を、一目みた瞬間から、少年の心には、雛鳥のように儚げな淡い想いが宿っておりました。
王は私の死をお望みのようだ。
郭将軍は、城塞の外を見渡しながら考えるのでした。
足止めをされている間に、敵は砦の周りに兵を集め、包囲を固めつつあります。
もはや援軍の期待はもてません。
将軍は、捨て石にされたのです。
奸臣どもは、将軍を囮に、敵の勢力を削ぐ作戦を立てていたのでございます。」