三. 花の宴
「ある晴れた春の日のこと。
宮中では、花見の宴が催されておりました。
庭に設えた舞台では、楽師の演奏に合わせ、見目麗しい舞姫たちが、彩り鮮やかな衣装を翻して踊ります。
満開の梅が風に揺れ、舞台に花弁を散らせる光景に、人々は杯を傾け、目を細めて酔いしれるのでございます。
しかし、華やかな宴席にあってただひとり、妃の表情は冴えません。
王は妃を気遣うように、お声をかけられました。
『妃よ、今日の宴はそなたのためにひらいた。
ちかごろ、そなたは宴席に姿をみせず、気分がすぐれぬからと部屋に籠もっている。
それでは気鬱も募るばかりであろう。
ゆえに、こうして日の光を浴び、美しい花を眺めでもすれば、憂いは去り、そなたの顔に笑みが戻もどるのではないかと考えた。
民の幸福を願い、国家の安泰を願う、そなたの言葉に心打たれた。
これまで、そなたの心の内を推し量ることができず無用な辛労をかけた。
ゆるせよ。』
王は妃を見つめていました。
妃に向けられたその眼差しは、温かな春の陽のようでございます。
そして、王は仰いました。
『久しく、そなたの琴の音を聴いていない。
昔のように奏でてみてはくれないか。』
愛し合い、心を通わせていた当時に立ち返った想いでございました。
妃も、和やかな微笑みを返し、快く承諾なさいました。
晴れ渡った空のもと、厳かな琴の音が響き始めます。
その音色は、幾筋もの清らかな光りの糸となって、周囲を包み込んでゆきました。
古来より、琴の音は邪気をはらい、家内を寧らかに保つとされています。
王は、目を閉じて妃の爪弾く調べをしみじみと聴いておられました。
演奏が終わると、王は満足げに妃を見つめ、お言葉をかけられました。
『見事な演奏である。
そなたに褒美をとらせよう。』
側に控えていた長官が頷いて合図をいたしますと、女官が恭しくお膳を捧げ持ってまいりました。
そして、目前に置かれた膳の上の小瓶を見、妃は我が目を疑いました。
『昔と変わらぬ、たおやかな音色、堪能した。
そなたの奏でる琴を聴くのも、本日限りであるとは誠に惜しい。』
『何故に、ございますか。』
妃は声を震わせて云いました。
『それを私に問うか。』
王は、卑しい者を見るように眉を顰め、妃を睨めつけておられました。
『どうか、私を信じてください。
天地神明に誓い、虚偽は申しておりません。
注意深く、周囲をご覧くださいませ。
巧言令色を弄し、人を貶めて優位に立とうとする者、国政を私利私欲を満たすための道具としている者── 罰すべきは、その者たちでございます。
下の者は、上に習うもの、世の乱れは、為政者の傾向に拠るのです。
ただちに、宮中に巣くう災いの元を断たれ、ご正道に立ち返ってくださいませ。』」