二. 囁き
「麗姫が宮中に上がるまでは、王と妃はそれは仲睦まじい夫婦でございました。
美しく賢く、慎しみ深い妃を、王はとても愛しんでおられました。
頭上に暗雲が垂れ込め、心沈む日があっても、傍らには信頼を寄せる伴侶がいる──妃の微笑みは何よりも、孤独な支配者の支えとなっていたのでございます。
それが今では、会えば険しい顔をして、賢しげな諫言をする、煩わしい相手でしかないのです。
そんな王の心を見透かして、麗姫はここぞとばかりに囁くのでございます。
『悪しき流言を耳にいたしました。
女官たちの間で、お妃様と郭将軍が親密な仲であるとの噂が流布しているのです。
それだけではございません。
さらに恐ろしきことに、おふたりは宮中を追われた者たちと共謀し、王様を廃しようと目論んでいるというのでございます』
王の寵愛が麗姫に移って久しく、妃とは以前のような親密さは失われております。
心に隔たりが生じた今となっては、噂を嘘だと打ち消すことができません。
王は眉根を寄せて押し黙り、何か思案なされているご様子です。
郭将軍は妃の従兄にあたる御仁。
王も、以前からふたりが親しい間柄であるのをご存じでした。
将軍を王に引き合わせたのは、誰あろう妃でございます。
郭将軍は、青雲の志を宿した颯爽たる姿の美男子でありました。
人に阿ることのない誠実な人柄に、王も信頼を寄せておられました。
『あの者たちは、長年にわたり私の目を盗んで不義を働いていた。
嫁して十年になるが、妃は未だ一人の子をも授からずにいる。
廃妃とする理由はこれで足る、故に、妃とその親族は己の保身を考えた。
意のままに操れる年若い王弟を擁立し、謀反を起こそうとしているのだ。
私は妃に騙されていた。あの優しげな眼差しも、いたわりの言葉も、全てが私を欺くための演技だったのだ』
ひとつ、疑うと次々に、妃の言動は裏がえしに読み解かれてゆくのです。
こうしてポタリポタリ、懐疑のしずくは滴り落ちて、王の心に歪な波紋を拡げてゆくのでございます。
麗姫はさらに囁きました。
『早々に、真偽のほどをお確かめなされませ。お妃様は清らかなお方でございます。
不義を働き、そのような恐ろしい企みに荷担なされるとは思えません。
しかし、火のないところに煙は立たぬもの。お妃様の周囲の者は、腹に謀を忍ばせているやもしれません。
大事が起こらぬうちに、手を講じておく必要がございます。』
王の身は戦慄いておりました。
心中は、信じていた者に裏切られたという怒りに、沸き立っておりました。
そのため、物事を正しく見る目を失われていたのです。
これより、王は己が受けた屈辱を、いかに晴らすかに固執してゆくのでございます。」