一. 麗人
その男の語る物語を、承は熱心に聞き入っていた。
幼子のように目を輝かせ、その演技に魅入られていた。
男は、よくとおる澄んだ声で語り始めた。
「王は、麗姫の薦めるままに、かの女の取り巻きたちを、お側近く召し抱えなさいました。
これに異を唱え、詰め寄る重臣たちを、王は悉くに処分しておしまいになりました。
今や、王の周辺は奸臣ばかりとなっているのでざいます。」
腰まで流れる、艶やかな黒髪が印象的だ。
霞がかった日差しのなかで、藍色の衣装を着た男の立ち姿は光彩を放っていた。
その美しさは、さながら名工の手掛けた精緻な人形のように見えていた。
初春。
梅の花は既に盛りを過ぎ、枝の端々には鮮やかな若葉が芽吹いている。
頬に触れる風も幾分か温み、人の顔を柔和にさせていた。
その男の背景には、枝ぶりの良い六尺ほどの梅の古木があり、正面には百人余りの聴衆がいた。
童たちは囲みの前に陣取って、一言も喋らずに男の一挙一動を見つめている。
「──こうして、権力を握った者たちは、私利私欲を満たすために奔走するのです。
国内に飽きたらず、近隣諸国の肥沃な領土を奪い取ろうと、繰り返し遠征をおこなっています。
民は兵役を課せられ、重い税に苦しめられております。
働き手となる男たちを戦に取られては、満足な収穫を望めません。
その上、その年は長雨続きで農作物が実らず、自分たちの日々の糧にも困るありさまです。
税など納められるはずもなく、田畑を捨てて逃げる者があとを絶ちません。
それにもかかわらず、王は麗姫と贅沢三昧の日々に明け暮れているのでございます。
王は、民の窮状をご存知ではありません。
奸臣どもは、自分たちの都合の良いように事実を曲げ、王に伝えているのです。
王は奸臣どもの繰り言を疑いもせず、誤った方向に舵取りをなさっているのです。
これでは、民の心は王から離れていく一方でございます。
その様子に、王妃は胸を痛めておりました。
奸臣どもの横暴も、困窮するの民の暮らしぶりも、見聞きしておりました。
そして、ただ悲嘆に暮れていたわけではなく、折に触れては王に苦言を呈してきたのでございます。
『税収が落ちているのは、民が怠けているからではございません。
土地を捨てて逃げねばならぬほどに、追い詰められているのでございます。
人在っての国でございます。ただちに無益な戦争をおやめになり、民を土地へお帰しくださいませ。
田畑を耕し、種を蒔く者がいてこそ、豊かな実りを享受できるのでございます。
どうか、国内の現状をよくご覧になり、他国の民を殺めて領土を奪い取ることではなく、本当の意味で国を富ませることにご尽力くださいませ。』」