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名前のないのら

作者: subaya



初め、そのネコはただののらでした。名前もなければ、家もありませんでした。

のらネコが町を歩いていると、


「また来たのか。こののらネコめ」


と、突然、ほうきを持った人間に追いかけられ、ぶたれたことがあります。

別ののらネコのしわざなのに、のらネコであったためにひどい目にあわされたのでした。


のらネコには、友達ののら犬がいました。かしこいのら犬でした。

足の悪かったのら犬は、のらネコに食べもののありかや誰にも邪魔されない寝床を教えてあげ、

そのかわりに、素早いのらネコが食べ物を持ってきて分け合っていました。


二匹の毎日は、食べ物をあさって食べたり、他ののらとケンカしたりいたずらをしたり。

森のしげみに寝転んで、話しをするのが一番好きでした。


「おいらだって、昔は飼われていて、家も首輪もあった。捨てられたけど、のらネコとして強く生きてきたのさ」


のらネコはしっぽをふって、いつも得意気に自分の話しをします。

のら犬は微笑んで、黙って聞いていました。


「他ののらとは、一緒にしないでほしい。ほこりがあるからね」


のらネコは、誰よりもすばやく力が強いのらネコでした。おたけびをあげれば、誰もが逃げだすほど。

のら犬は、のらネコをりっぱな友達だと思っていました。


「でも、君ものらだね。おーい、のらネコと、僕が呼んだら、たくさんののらネコが振り返る。君を探すのは大変だ」


のら犬が、少しいじわるにいいました。


「そ、そうだけど。お、おいらは、りっぱなのらネコで……」


のらネコは、ひどい目にあわされたことを思いだして、なんだか恥ずかしくなりました。

なにもいえなくなりました。すると、のら犬はこういいました。


「もし、君だけの名前があれば、君だけが振り返ってくれる。一番ほこりがあることは、名前があることじゃないかな?」

「名前だって?」


のらネコは、目の前がパッと明るくなった気分になりました。


「そうだ、おいらたちには名前が必要だ。名前があれば、のらとどなられても堂々と道を歩ける」


のらネコはとび上がりました。

のら犬は微笑みました。

それから、いっしょうけんめい名前をかんがえました。

のらネコはのら犬のために、のら犬はのらネコのために。

そして、のらネコはのら犬に、


「君はモーフ。毛布みたいにあったかいからね」


のら犬はのらネコに、


「君はソラがいい。空のように自由だからね」


そう名前をつけあったのでした。

その日から、のらネコとのら犬はのらではなくなりました。

もう、のらではないのですから、家を持たなければいけないと話しました。

モーフは、森のおくに見つけた古いボロ小屋の場所をおしえてあげました。

明かりも玄関のドアもありませんでしたが、二匹には十分りっぱでした。

そして、今度はモーフは宝のゴミ山という場所をおしえてあげました。

ソラは、そんな場所があるのか不安でしたが、行ってみると、

そこが宝の山だとすぐわかりよろこびました。

そこで見つけたボロボロの毛布やかけた食器にランプ。どれもつかい古されたもの。

でも、二匹には宝ものでした。

本当に、なんでも知っているモーフを、ソラはりっぱな友達だと思いました。

そうして、二匹は家を持ち、くらしはじめました。

二匹は、あさってきた食べものを、皿にならべて食べました。家にかえったときは、

小さな穴の空いた玄関のドアをノックをしました。毎日、家のすみずみまでそうじをしました。

毎ばん、夜になると、ランプに火をともしました。

明日や明後日は、なにをしてすごすか話しをしました。他ののらとケンカをするのは、やめることにしました。

それから、ふとんで一緒に眠りました。

一緒にくらす毎日は、幸せでした。

そんな夢のような時間がすぎていきました。


ある日の朝、こっそりと家をでて、ソラは食べるものをとってかえってきました。

モーフはまだ眠っていました。


「いつまで眠っているんだい? 今日はおいらのじまんの鼻でごちそうを見つけたぞ」


ソラは、どんなによろこんでくれるだろうと思っていました。

ところが、モーフは病気にかかっていたのでした。起き上がることもできませんでした。


「平気だよ」


と、モーフはいいました。


「君の苦しみに、すぐに気づくべきだった」


ソラは後悔し、泣きました。

それから、眠らずにかんびょうをしました。ところが、どんなに時がすぎても、モーフの体調がよくなることはありませんでした。

ある日のことでした。ソラは、食べものを拾いに町に行き、歩きながらかんがえていました。


「食べものを見つけることしかできないし、薬を買うお金だってない。そばで苦しむすがたを見ているのもつらいよ」


後はもう、祈るしかできませんでした。


「神様、おいらの体をあげます。だから、モーフを助けてあげてください」


すると、どこからともなく声が聞こえてきたのです。たてものの合間のずっと奥のほうに、年おいたメスネコがいました。


「薬はいらんかね?どんな病気にもきく薬だよ」


年おいたネコの前には、こびんがたくさんならんでいました。中はキラキラと輝いていました。


「おいらの友だちが、病気なんだ。お金も宝石もないけど、なんでもするから、薬をわけておくれ」


「もちろんだとも」


年おいたネコはいいました。ソラはよろこびました。身軽にジャンプしてみせました。

すると、年おいたネコはにやりとして、やさしい声でこういいました。


「私は、それがほしい。お金より、おまえさんの中にある輝くものがほしいのさ」


年おいたネコは、ソラにふたのついた空のこびんを渡しました。


「これはなに?」


「お前さんの輝くものをもらうのさ。そのかわりに薬をあげよう。ふたをあけるだけでいい」


ソラは、すぐにふたを開けました。

すると、そのとたん、体から光が抜けてこびんに吸いこまれていきました。

力が抜けただけで、痛くもかゆくもありませんでした。

それから、ソラは小さな一袋の粉薬をもらうと、急いで家にかえりました。


「その薬はどうしたんだい?買ったのかい?」


と、モーフがたずねると、


「やさしいネコがくれたんだ」


と、ソラは答えました。


「そうか。それなら良かった」


早速、モーフに薬を飲ませました。すると、モーフはベッドの中で、体を起こすことができたのです。

ソラは、とび上がってよろこびました。

モーフも微笑みました。


つぎの日、ソラはまた薬をもらうために、お礼の食べものを持って町にでかけました。

ところが、その途中のことでした。ソラは、町ののらネコにおそわれ、食べ物をうばわれてしまったのです。どんなのらネコよりも、力の強かったはずのソラは、吹きとばされ、おそれて逃げだすしかなかったのです。とても力の強いのらネコでした。


「なんだか変だ。体に力がないみたいだ」


ソラは不思議に思いました。


年おいたネコは、昨日と同じ場所にいました。


「待ってたよ。さあ、薬をやるかわりに、今日もいただいていいかね?」


「もちろんだよ」


ソラは、薬をもらうためにまたこびんを開けました。体から、輝くものが抜けてこびんに吸いこまれました。

ソラは、薬をもらうと立ち去りました。

でも、気になって戻りました。そして、影から年おいたネコを見ていました。

さっきのこびんは、他のこびんとならべられていました。

こびんには、「素早くなれる魔法のこびん」と、書かれていました。

すると、のそのそと太ったのらネコがやってきて、そのこびんを買っていったのです。

そして、こびんの中の輝くものを飲むと、たちまちのらネコは素早くなり、屋根をかけ上がっていったのでした。そののらネコは、魔法のこびんのおかげで素早さを手に入れたのです。


ソラは恐ろしいことに気づきました。

とても恐ろしくなり、急いでかえりました。

でも、どんなに急いでも、素早く走ることはできませんでした。ソラは、力と素早さをなくしたのでした。


薬はきき、モーフの体調はよくなっていきました。


「ありがとう」


と、モーフは微笑みました。


「その薬を飲めば、もっとよくなるよ」


ソラも、笑顔でよろこびました。モーフの元気になる姿を見ると、なにもいえませんでした。

それから、ソラは毎日薬をもらいに行きました……。

ある日は、薬をもらう代わりに、どののらネコよりも利く匂いをなくしました。

ある日は、薬をもらう代わりに、どののらネコよりも力強いおたけびをなくしました。

ソラは、町ではどののらネコたちからもバカにされるようになりました。ソラは、どののらネコよりも、弱いネコになりました。

その代わりに、モーフはどののらよりも元気になるでしょう。だから、ソラは幸せでした。


そして、ある日。年おいたネコはいいました。


「この薬で、もうお前さんの友だちは病気は治るだろう。病気になることもない」


「よかった。薬をもらえるならなんでもあげるよ」


ソラは、小さな声でよろこびました。もう、おじいさんのように小さくなっていました。


「お前さんからもらえる輝くものは、まだあるかね?いや、あと一つだけとても輝いているものがある。お前さんの名前をいただこう」


「名前だって?」


目の前が、一瞬真っ暗になりました。ソラは、少しだけ迷いました。

でも、すぐに大きくうなづきました。


「名前をあげれば、モーフは元気になって、町を歩くこともできる」


そして、こびんのふたを開けました……。

ソラは名前をなくしました。もう、だれもこのネコの名前を知るものもいなくなりました。ソラは、また名前のないのらネコになったのでした。

もう名前がないのらなのですから……、


「おいらを知らないモーフのいる家には、二度ととかえれない」


それから、家に行き、玄関のドアの小さな穴から薬をそっと入れて立ち去りました。

そうして、のらネコは町からいなくなりました。



やがて、長い年月が過ぎました。モーフには、たくさんの子供がいました。

ある日、モーフは町にでかけました。

そこで、ふしぎなこびんを見つけました。ソラと名前がかかれた青色に輝くこびんでした。

どんな不思議な力があるかはわかりません。

でも、その名前を見ているだけで、懐かしくうれしい気持ちでいっぱいになるのでした。





                                                       了

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