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第3話 「走れ名馬!空中市場としゃべるライバル」

 浮遊草原の村を後にしたリオンたちは、緩やかな街道を南へと進んでいた。背後には、今もなお空にふわふわと浮かぶ小さな草の島々が見え隠れしている。


「あれ、本当に観光名所になりそうだね」

「当然だ。俺の伝説が刻まれた聖地だからな」

「いや、ニンジンが爆発しただけだから」


 リオンのツッコミにも、クロは鼻を鳴らして誇らしげに歩く。ミルフィは地図を広げながら、目的地を指差した。


「次は交易都市ルミナスよ。空中市場で有名な町」

「空中市場?」

「浮遊魔法で作られた足場に、商人たちが店を並べてるの。珍しい魔道具や食材も多いわ」


 その言葉に、クロの耳がぴくりと動いた。


「食材……特にニンジンは?」

「あるかもね」

「よし、全力で行こう」


「ちょ、まだ朝だからそんなに飛ばさなくていいって!」


 クロは意気揚々と速度を上げ、街道を駆け抜ける。風を切る音と、リオンの慌てた声が後ろに流れていった。


 ◇


 昼前、二人と一頭はルミナスの巨大な城門をくぐった。町の中心部では、透明な魔法の足場が空中にいくつも浮かび、その上に色とりどりの屋台が並んでいる。人々は浮遊階段を使って軽やかに行き来し、まるで空にもう一つの街があるかのようだった。


「すごい……本当に空の上に市場がある」

「落ちたらどうなるんだ?」

「下はクッション魔法が張ってあるから、基本は大丈夫よ」


 その説明を聞いた瞬間、クロの目がきらりと輝いた。


「つまり、多少落ちても問題ないということだな」

「いや、“多少”って何!?」


 リオンが止める間もなく、クロは浮遊階段を勢いよく駆け上がった。


「うおおお! 空中制覇! 午年の名馬、天空を行く!」


 足場の上に乗ったクロは、感動したように周囲を見渡す。


「見ろリオン、俺は今、空を走っている」

「走ってない、乗ってるだけ!」


 屋台を見て回っていると、香ばしい匂いが漂ってきた。焼き菓子、魔法スープ、光る果実――その中に、見事なオレンジ色の山があった。


「ニンジンだ……しかも特大サイズ」

「クロ、目が怖い」


 クロは吸い寄せられるように屋台へ近づく。


「店主よ、そのニンジンをすべて――」

「待ったぁぁ!」


 突然、横から張りのある声が響いた。


「そのニンジンは俺様が先に目を付けたんだ!」


 振り向くと、そこには栗毛の馬――いや、こちらも喋る馬が立っていた。筋肉質な体つきに、派手な赤い飾り鞍。どこか自信満々な表情をしている。


「名乗ろう。俺様は疾風の名馬・ブレイズ! この市場最速の馬だ!」

「ほう……ライバル登場というわけか」

「ライバルって何の?」


 クロとブレイズは、無言でにらみ合った。


「貴様、ただの黒馬にしては生意気だな」

「ふっ、俺は知性派名馬クロ。転び芸から英雄伝説まで幅広くこなす万能型だ」

「転び芸……?」


 ブレイズは一瞬言葉に詰まった。


「と、とにかく! ニンジンは速い者勝ちだ! 勝負しろ!」

「望むところだ」


「ちょっと待って! なんでニンジンで勝負になるの!?」


 ◇


 市場の一角に即席のレースコースが設けられた。空中足場をぐるりと一周するコースで、落下しても安全魔法があるとはいえ、なかなかスリリングだ。


「よーし、スタートの合図は私が出すわよ」

「頼むから無茶しないでね、クロ」


 ミルフィが手を上げる。


「よーい……スタート!」


 同時に、クロとブレイズは全力で駆け出した。


「速い……!」

「当然だ! 俺様は風を切る男――いや、馬だ!」


 ブレイズは滑るように先行し、クロは必死に追いかける。


「くっ、直線速度では不利か……ならば、知性派の戦い方を見せてやる」


 クロはわざと少しスピードを落とし、カーブで内側を狙う。


「よし、距離短縮成功!」


 だが次の瞬間、足場の継ぎ目に蹄を引っかけた。


「うわっ!? しまっ――」


 見事な前転。


 空中で一回転し、クッション魔法にぼよんと弾かれて元の足場へ戻る。


「今のは……!?」

「高等回避行動だ。問題ない」


「絶対ミスでしょ!」


 一方、ブレイズはその隙に大きく差を広げた。


「ははは! 勝負あったな、黒馬!」


 しかし、ゴール直前でブレイズの前方に、観光客の落とした袋が転がっていた。


「なっ――!」


 ブレイズは避けきれず、袋に躓いてバランスを崩す。


 その瞬間、復活したクロが猛スピードで突っ込んだ。


「今だぁぁ!」


 ――結果。


 ほぼ同時にゴールラインを通過。


「どっち!?」

「写真判定ね……」


 ミルフィが魔法でスロー映像を再生し、わずかな差でクロの鼻先が先にラインを越えていた。


「勝者、クロ!」

「やったぁぁぁ!」


 クロは大はしゃぎでいななき、勢い余ってそのまま足場から落ちかける。


「うわっ、待て待て!」

「落ち着いて!」


 ギリギリで踏みとどまり、観客から拍手と笑いが起こった。


 ◇


 ブレイズは悔しそうに鼻を鳴らしながらも、クロの前に歩み寄った。


「……認めよう。お前、ただの変な馬じゃないな」

「“知性派名馬”と呼べ」

「いや、それはちょっと……」


 二頭はしばし見つめ合い、やがて同時に笑った。


「またどこかで勝負しようぜ」

「望むところだ。次は転ばない勝負でな」


「それ、フラグじゃない?」


 勝利のご褒美として、クロは念願の特大ニンジンを手に入れた。嬉しそうにかじりながら、満足げに言う。


「ふむ……甘い。勝利の味だ」

「単にニンジンが美味しいだけだよ」


 ミルフィは空中市場を見渡しながら微笑んだ。


「この旅、本当に飽きないわね」

「うん。毎日何か起きるし」

「それは俺がいるからだな」


 クロは胸を張る。


「午年の主役は、世界を賑やかにする使命がある」

「勝手に使命にしないで」


 二人と一頭は笑い合いながら、市場を後にした。


 次の町へ、次の騒動へ。

 しゃべる名馬のドタバタ旅は、今日も止まる気配がない――。


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