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第2話 「空飛ぶニンジンと午年大暴走」

 翌朝。

 村の空気は、昨夜の騒ぎが嘘のように澄み切っていた。朝露に濡れた草原がきらきらと光り、小鳥のさえずりが心地よく響く。


「……静かだな。嵐の前の静けさというやつか」

「いや、ただの平和な朝だと思うよ、クロ」


 リオンは背伸びをしながら、焚き火の跡を片付けていた。ミルフィは水筒に川の水を汲み、クロはというと――村の畑の端で、昨日の名残のニンジンを探して鼻先を地面に突っ込んでいる。


「おい、リオン。ここ、まだ食糧資源が眠っている気配がする」

「勝手に掘り返さないでよ……って、こら! 畑!」


 リオンが止めに入った瞬間、クロの鼻先が何か硬いものにぶつかった。


 ごつん。


「む? これは……ニンジン、ではない?」

「……なんか光ってない?」


 土の中から現れたのは、淡く虹色に輝く、妙に立派なニンジンだった。表面には魔法陣のような紋様が浮かび上がっている。


「魔力反応あり。かなり強いわ」

「つまり、レアニンジンということか」

「違うと思う!」


 クロが嬉々としてかじろうとするのを、ミルフィが慌てて止めた。


「待って! それ、魔法植物よ。たぶん“浮遊ニンジン”」

「浮くニンジン?」

「ええ。刺激を与えると、空に飛び上がるの」


 ミルフィの説明が終わるより早く、クロの歯がニンジンに触れた。


 ――次の瞬間。


 ぼんっ、と軽い破裂音とともに、ニンジンはふわりと宙に浮かび上がった。


「おおっ!? 逃げたぞ! 待て、俺の朝食!」


 クロは反射的にジャンプし、ニンジンを追いかける。しかしニンジンは風船のようにふわふわと空へ舞い上がり、畑の上空を漂い始めた。


「クロ! 追いかけないで!」

「無理だ! あれは俺を挑発している!」


「ニンジンにそんな意思ないから!」


 クロは勢いよく助走をつけ、畑の柵を飛び越え、坂道を駆け上がる。


「よし、角度よし、風向きよし……今だぁぁ!」


 大ジャンプ。


 だが、着地点は計算と微妙にズレていた。


「ぶふっ!」


 クロは斜面で滑り、土煙を上げながら転がり落ちる。リオンとミルフィが駆け寄ると、クロは草まみれの顔でむくりと起き上がった。


「……今のはウォーミングアップだ」

「説得力ゼロだよ」


 一方、浮遊ニンジンはどんどん高度を上げ、村の上空を越え、遠くの丘の方へ流されていく。


「まずいわ。このままだと、魔力が暴走して空中で爆発するかも」

「爆発!?」

「小規模だけど、近くにいたら危険ね」


 クロの目がきらりと光った。


「つまり、俺が回収すれば英雄というわけだな」

「いや、空飛べないでしょ」

「心配するな。知性派には策がある」


 ◇


 二人と一頭は急いで丘へ向かった。浮遊ニンジンは相変わらずふわふわと漂い、まるで彼らをからかうように進んでいる。


「クロ、無茶しないでよ」

「任せろ。ここはスピード勝負だ」


 クロは全力疾走を始めた。風を切り、草原を駆け抜ける黒い影。その勢いで丘を一気に駆け上がる。


「よし……跳ぶ!」


 ジャンプ。


 今度はタイミングも距離も完璧だった。


 ――はずだった。


 浮遊ニンジンが、ふいっと横にずれた。


「なっ!? ニンジンのくせにフェイントだと!?」


 クロは空振りし、そのまま前方に着地。バランスを崩して三回転し、最後は仰向けで転がった。


「クロ、大丈夫!?」

「……俺は負けていない。まだ二本脚が残っている」


「馬に二本脚はないよ!」


 ミルフィは呪文を詠唱し、小さな風の足場を空中に作り出す。


「リオン、これを足場にジャンプして!」

「わかった!」


 リオンは足場を蹴り、空中でニンジンをつかもうとする――が、その瞬間、ニンジンがぴかっと強く光った。


「まずい、魔力が限界!」


 次の瞬間、ニンジンはぱんっと弾け、無数の小さな光の粒となって空に散った。


 ……が、爆発の衝撃は弱く、代わりに周囲にふわふわとした光の雨が降り注いだ。


「……あれ?」

「思ったより綺麗ね」


 光の粒が地面に触れると、小さな芽がぽんぽんと生え始めた。


「これは……浮遊草の種子ね。しばらく空に浮かぶ草が育つわ」

「空飛ぶ草原か。ロマンがあるな」

「いや、管理が大変そうだけど……」


 クロは立ち上がり、胸を張った。


「結果的に村の新名物が生まれた。つまり、俺の功績だ」

「強引すぎる理屈!」


 ◇


 村へ戻ると、空中にふわりと浮かぶ小さな草の島々を見て、村人たちは大はしゃぎだった。


「すごい! 空に草が浮いてる!」

「まるで絵本みたいだ!」


 子どもたちの歓声を聞き、クロはますます得意げになる。


「ほら見ろ、やはり俺は午年の象徴だ」

「午年、万能すぎない?」


 ミルフィは笑いながら、リオンに小声でささやいた。


「この調子だと、次の町でも騒ぎを起こしそうね」

「……だね。でも、まあ楽しいからいいか」


 クロは空を見上げ、鼻を鳴らした。


「次は何が来ても受けて立つぞ。ニンジンでもドラゴンでもな!」

「ドラゴンはさすがに無理だって!」


 笑い声が草原に広がり、二人と一頭は、再び次の冒険へと歩き出した。


 午年のドタバタ旅は、まだまだ続く――。


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