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第1話 「午年勇者とおしゃべり暴走馬」

 その世界では、人間もエルフもドワーフも、そして――馬までもが普通に会話をしていた。


「おい、聞いてるか、勇者。今日の草は昨日より甘いぞ」

「はいはい、あとでね、クロ」


 王都アルディナの城門前。若き勇者リオンは、相棒である黒馬クロの手綱を握りながら、ため息をついた。

 クロは立派な体格と艶やかな毛並みを持つ名馬だが、問題が一つある。とにかくおしゃべりで、しかも余計な一言が多いのだ。


「まったく、俺ほどの知性派馬はこの世界でも珍しいぞ。お前、もっと感謝してもいいんだぞ」

「はいはい、知性派ね。昨日、酒場のニンジン全部食べたの誰だっけ」

「馬にニンジンを与えるのは世界の摂理だ。文句を言うほうが野暮というものだな」


 今日、リオンは王から正式な依頼を受けていた。魔王軍の小隊が近隣の村に出没し、住民を困らせているという。剣と魔法の世界ではよくある話だが、今回は「午年記念討伐祭」という妙に浮かれた行事と重なっていた。


「午年だから馬が主役なんだってさ。クロ、今日は君が目立つ日だよ」

「ほう? つまり俺が英雄になるということか。よし、ならば颯爽と――」


 クロが勢いよく前脚を上げた瞬間、バランスを崩して盛大にずっこけた。


「うわっ!? だ、大丈夫!?」

「……今のは演出だ。観客の笑いを取る高度な技術だ」


 城門の兵士たちが吹き出す中、クロは何事もなかったように立ち上がる。リオンは苦笑しつつ、手綱を引いた。


「はいはい、出発しよう。英雄様」


 ◇


 街道を進む途中、二人はエルフの魔法使いミルフィと合流した。長い耳をぴくぴく動かしながら、クロをじっと見つめる。


「ねえ、その馬、本当に喋るの?」

「失礼な。俺は“その馬”ではない。“知性派名馬クロ”だ」

「うわ、本当に喋った……!」


 ミルフィは目を輝かせた。


「ねえねえ、午年記念で馬のパレードがあるんだけど、出てみない?」

「パレード? いい響きだな。俺の美しさを世に知らしめる絶好の機会だ」

「いや、僕たち討伐に行くんだけど……」


 話が噛み合わないまま、二人と一頭は村へ向かう。


 ◇


 問題の村に到着すると、すでに魔物たちが畑を荒らしていた。ゴブリンやスライムがわらわらと動き回り、村人たちは物陰から怯えている。


「よし、リオン、いつものように突撃だ!」

「クロ、君は後ろで――」

「何を言う。午年だぞ。主役は馬だ」


 クロは勝手に前へ飛び出した。


「うおおおお! 正義の名馬、ここに参上!」

「ちょ、待ってってば!」


 クロはゴブリンの群れに突っ込み、見事に一体を跳ね飛ばす。だが次の瞬間、ぬかるんだ畑で足を滑らせ、再び派手に転倒した。


「ぎゃあああ! 泥が口に入った!」

「何やってるのクロ!」


 その隙を突いて、スライムがクロの尻尾にまとわりつく。


「ちょ、くっつくな! 誰か取ってくれ!」

「ミルフィ、魔法!」

「えいっ!」


 ミルフィの風魔法でスライムは吹き飛ぶが、代わりにクロのたてがみが逆立ち、まるで爆発した箒のようになった。


「……俺、今、かっこいいか?」

「うん、すごく……個性的」


 リオンは剣を振るい、残りの魔物を片付ける。戦闘自体はあっという間に終わったが、戦場の中心で一番目立っていたのは、泥だらけで髪型の崩壊したクロだった。


 ◇


 村人たちは大喜びで二人と一頭を迎えた。


「ありがとう、勇者様! それに……馬様も!」

「馬様だと!? ふふん、もっと敬ってもよいぞ」


 クロは得意げに胸を張るが、泥まみれの姿のせいで説得力は皆無だった。


「午年記念に、ぜひこの馬様に村のパレードをお願いしたいのですが」

「ほう、パレード! ついに俺の時代が来たか!」


 その日の夕方、急ごしらえの小さなパレードが開かれた。花飾りをつけられたクロは、村の子どもたちに囲まれて歩く。


「ねえねえ、馬さん、空飛べるの?」

「飛べん。だが速さなら風に勝てる」

「じゃあ、魔法使えるの?」

「……それはミルフィに聞け」


 質問攻めにあいながらも、クロはどこか嬉しそうだった。リオンはその様子を見て、ふっと笑う。


「なんだかんだ、楽しそうだね」

「当然だ。俺は人々に夢と笑いを与える存在だからな」


 だが次の瞬間、子どもの一人が投げたリンゴにクロが反射的に飛びつき、パレードの列が大混乱になる。


「おっとっと!? リンゴは反則だ!」

「クロ、落ち着いて!」


 笑い声と悲鳴が入り混じり、村はお祭り騒ぎとなった。


 ◇


 夜、焚き火のそばで二人と一頭は簡単な食事を取っていた。クロは干し草をかじりながら、満足そうに鼻を鳴らす。


「今日はいい日だったな。英雄扱いされ、子どもにも人気で」

「うん、午年らしい一日だったね」

「……まあ、泥まみれになったけど」


 クロは一瞬黙り込み、やがて小さく笑った。


「だが、悪くない。こうして誰かと一緒に走り、騒ぎ、笑うのは」

「珍しく真面目だね」

「たまにはな。俺も年男……いや、年馬だからな」


 二人と一頭は焚き火を囲み、静かな夜空を見上げる。星々が瞬き、遠くで虫の音が響く。


「明日はどこへ行く?」

「次の依頼次第かな」

「なら、どこへでも連れていけ。午年の主役は、まだまだ暴れるぞ」


 クロは自信満々にいななき、勢い余って再び小さくつまずいた。


「……今のも演出だからな」

「はいはい」


 笑い声が夜に溶け、剣と魔法の世界の一日は、今日もにぎやかに幕を閉じた。


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