第三話【財布落としただけなのに】
「はぁ休みがあっという間に終わった…これから学校続きか」
俺のため息交じりの愚痴に陽介がすかさず反応する。
「ドンマイ!気楽に行こうぜ!」
「気楽に…か」
難しい事を簡単に言ってくれるよな陽介は。
なるべく気楽に努めようとしていると、もう校門前に差し掛かっていた。
そしてまたげんなりしてしまう。
「はぁ」
俯き気味に肩を落としていると後ろから高めの声がした。
「ねぇそこの君!財布落としたよ!」
元気溌剌な女の子の声だ。
僕には関係ないと歩を前に進め直すと再び女の子の声が聞こえた
「聞こえてる?ねぇってば」
ポンと肩を叩かれた時に初めて自分が呼ばれていたんだと気が付いた。
「えっ僕?」
驚いて振り向くと、澄んだ瞳がまっすぐこちらを見ていた。
髪を耳にかける仕草が、妙に印象に残った。
「ほらこの財布。君のでしょ」
そう言って差し出してきた財布は正しく僕の財布だった。
「あ…ありがとうございます」
まさか財布を落としてしまっていたとは!拾ってくれたのがこの子で本当に良かった。
「これからは気を付けてね!それじゃ!」
女の子はルンルンと駆け足になりながら校門を抜けていった。
だんだん遠ざかっていくその後ろ髪を僕はただ見つめていた。
高鳴る鼓動を抑えながら…
_______________________
放課後の図書室。斜めから差し込む夕日が、本のページに柔らかく広がっていた。教室の喧騒から離れ、静かな時間の中で僕はお気に入りの一冊をめくっていた。
「ねっ!」
ふいに、背後から明るい声が飛び込んでくる。
驚いて顔を上げると、そこにはふわりと肩までの髪を揺らしながら、にこやかに微笑む女の子が立っていた。
――間違いない。あのとき、財布を拾ってくれた女の子だ。
「また、財布落としたらダメだよ?」
同じ声、同じ笑顔。間違えようがない。
「……うん」
心がじんわりと温かくなった。その日から、彼女と僕の時間が始まった。